【緯度経度】ワシントン・古森義久
中国が経済パワーを他国に対し安全保障や政治の目的に威嚇的に使う「威圧経済外交」への警告が、米国側から発せられるようになった。今後の国際関係でも新たな震源となりそうな中国のこの戦略はすでに日本をも経済のムチの標的にしたという。
米側の識者がこの中国の「威圧経済外交」の最新かつ最大の実例として指摘するのは、先月の東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議で議長国カンボジアが中国からの圧力で同会議の共同声明を葬ってしまったケースである。
ワシントンの大手研究機関「戦略国際問題研究所(CSIS)」の上級研究員で中国の戦略や外交の専門家ボニー・グレーサー氏が「中国の威圧的な経済外交=懸念すべき新傾向」と題する最新論文で警告を発した。同氏は1990年代以来、歴代政権で国防総省や国務省の対中政策の顧問を務めたベテランの女性研究者である。
同論文は中国がこの10年、総額100億ドル以上、昨年度だけでも米国の援助の10倍を超える額の経済援助をカンボジアに与え、今回のASEAN外相会議の舞台となったプノンペンの「平和宮殿」の建設資金をも提供したことを記し、「中国はカンボジアのこの対中経済依存を利用して、ASEAN外相会議では共同声明に南シナ海に触れる記述を一切、含めないようにすることを強く要請し、カンボジアはそれを実行した。その結果、同会議は発足以来45年間、初の共同声明なしとなった」と総括していた。
同論文は中国の威圧経済外交の対象としてさらにフィリピンを挙げる。フィリピンは今年4月、南シナ海の中沙諸島スカボロー礁の領有権をめぐり中国と対立。両国が同礁海域に艦艇を送りこんだが、フィリピン政府が6月にすべての艦艇を同海域から引き揚げたのと対照的に、中国は数隻を残した。その背景には中国政府がフィリピンからのバナナ、マンゴーなどの果物の輸入の検疫措置を異常に厳しくし、中国人観光客のフィリピン訪問を禁止したことでフィリピン側の経済が大きな打撃を受け、財界が自国政府に領有権問題での中国への譲歩を訴える経緯があったという。
グレーサー氏の論文は同様の事例として2010年9月の中国政府の対日レアアース(希土類)輸出停止をも指摘した。尖閣諸島海域への中国船侵入に端を発した日中衝突で中国側は経済手段を使って、日本側の政策を変えさせるという政治目的を図ったというのだ。
同論文がさらに強調したのは、中国がノーベル平和賞をめぐってノルウェーに露骨な経済圧力をかけたことだった。同年10月、中国はノーベル賞委員会がノルウェー政府とは別個であるにもかかわらず、同政府に同平和賞を中国の民主活動家の劉暁波氏に与えないことを求め続けた。その要求がいれられないとみた中国はノルウェー産サケの自国への輸入を新規制の発動で大幅に削減した。その結果、翌年のノルウェーの対中サケ輸出は60%も減ってしまったという。
こういう事例はみな中国政府が政治や安保面で他国の政策を自国の主張に沿って変えることを求めるために、経済手段を威嚇的に使うという威圧経済外交を明確にしている。中国は貿易でも援助でも投資でも、経済面でのグローバルな活動を急速に広めている。その種の活動を本来、経済とはまったく無関係の領有権や政治的な紛争での相手国攻撃の手段として平然と使うというわけだ。となると、中国との経済取引はいつも慎重に、ということとなる。