【野口裕之の安全保障読本】
米大統領選挙が近づくほど、民主・共和両陣営の中国批判は強度を増す。しかし、オバマ政権の中国に対する立ち位置は当初、腰が引けていた。
米ワシントン・ポスト紙の今春の報道によると、中国政府は、複数の中国当局者と協議予定だった米国務省高官のビザ発給を拒否した。高官は訪中前、チベットの人権団体や気功集団・法輪功から被弾圧状況を聴取。新疆ウイグル自治区訪問も検討していた。
発給拒否は人権・宗教の自由侵害に敏感な、米政府の姿勢を逆に浮き彫りにした。だが、習近平国家副主席訪米への悪影響を懸念したオバマ政権は関係者に箝口(かんこう)令を敷いていた。同紙は「人権問題よりも貿易や為替問題を優先させた」と失望感を露(あら)わにした。
中国の軍拡路線に対抗すべく安全保障政策転換を図った矢先の箝口令だった。もっとも、腰の引け具合では、日本の対中外交ほど無残ではないものの、過去の米外交・安保政策には「逡巡(しゅんじゅん)」が少なからず在った点は注視せねばならない。外交・安保のアンテナの弱い日本を筆頭にその都度、同盟国は翻弄(ほんろう)されてきたからだ。
北朝鮮軍が韓国海軍哨戒艦を撃沈。8カ月後、韓国・延坪島の軍基地や住宅地が砲撃された2010年の戦闘は典型だ。前者は、潜水艇の魚雷攻撃を受け将兵46人が戦死したにもかかわらず、米韓軍は合同演習による“反撃”にとどめた。後者では、直後に応戦したが、本格的報復攻撃はしていない。
朝鮮戦争休戦時に制定された韓国軍のROE=交戦規定は「偶発的武力衝突を全面戦争に拡大させない」ため「同種兵器による同火力の攻撃」と、警察や自衛隊で用いる「比例の原則」を基本にする。ただ、2010年の「自粛」は原則よりもさらに抑制的だ。
韓国軍が自前の兵力・火力だけで反撃するのは難しい。北朝鮮軍の詳細・広範な情報は、米軍に依存しているのだからなおのことだ。従って朝鮮戦争以来、有事の作戦統制権は米軍にあり、平時の作戦統制権のみ1994年に韓国軍に移管されたにすぎない。この優位性を背景に、イラクとアフガニスタンに加え、3正面目の戦いを厭(いと)う米軍は韓国軍に自制を促したようだ。
米軍が韓国軍に自制を求めた例は、これに限らない。北朝鮮軍工作員が全斗煥大統領を狙い83年、ラングーン(現ヤンゴン)で爆弾テロを起こしたときもそうだった。韓国側だけで閣僚ら17人が爆死。韓国空軍では対北報復爆撃に向けた血判書まで出回ったが、米軍が諫(いさ)めている。
一方、イラクとアフガンの戦争に疲れ、財政逼迫(ひっぱく)の米軍は、同盟国に資金援助を含めた一層の共同防衛責任の分担を求めてくるはず。とりわけ、GDP=国内総生産の僅(わず)か1%しか国防費に充(あ)てない日本への増額要求は激化する。オバマ政権は「アジア重視」を明言したが“対米忠誠度”により同盟国防衛にも「優先順位」「格差」が付けられるに違いない。
斯(か)くも米国の正体を見せられると、日本が北や中国、ロシアの攻撃・主権侵害に晒(さら)された際、つまり日米安保条約第5条事態発生で、米軍は日本防衛に踏み切るのか疑念がわく。クリントン国務長官は、中国が領有権を主張する尖閣諸島は「5条の(適用)範囲」と公言したが、発動対象となるか否かは畢竟(ひっきょう)、日本側の姿勢に係(かか)る。米軍基地を追い出したフィリピンの「その後」が他山の石となる。米軍撤退の間隙(かんげき)を突き、中国軍は比領ミスチーフ礁を軍事占領。それでも、比と相互防衛条約を締結する米軍は座視した。「比自体が軍事行動を採ろうとしなかった点が最も大きかった」(ウォーツェル米中経済安保調査委員会委員)
米国(結局は日本)のために集団的自衛権を発動できぬのなら、永世中立国になれば良(よ)い。ただし、スイスは第二次大戦中、自らも200機を犠牲にしながら、7400回近い領空侵犯をした連合国・枢軸国双方の軍用機をその都度撃墜(254機)している。
その覚悟ありや?