南極観測基地がヘリ不足の事態
2012.07.12(木)桜林 美佐:プロフィール
昔「くれない族の反乱」というドラマがあった。「~してくれない」といつも他人に対して不平をもらしている主婦の生活をテーマにしたドラマだったが、最近、自衛隊に対しても「~してくれない」とぼやく話をよく聞く。
憲法をはじめとする制約から、やりたくても「できない」ことが多々あるのは今さら言うまでもない。だが、そうした任務の本質的な話だけではなく、多様な「くれない」コールが出ているようなので、看過できない。
確かに防衛省・自衛隊は、対外的に決して積極的に活動しているとは言えないところがある。それは、組織の性質上もあるが、もう1つの要因としては、任務の増大で人やお金のやりくりに非常に苦労している点もあるだろう。
ただ、そうした実情を、事荒立てじで身内で片付けようとすれば、外には理解されず「やる気がないのか」などと批判されかねないし、これは現場で汗を流す自衛官にとって気の毒と言うよりほかない。
なぜ、やりたくてもできないのか、その理由を説明し、その上で代替案も示しても悪くないだろうし、防衛省・自衛隊が硬直化していると思われない対応が求められる時代になっているのではないだろうか。
予算不足で搭載されない大型ヘリコプター
しかし、そうした中でもこの事例については、ちょっと特殊なケースだ。6月29日の産経新聞に掲載された「南極観測の現場ピンチ・・・昭和基地、ヘリ不足で一時閉鎖も」というものである。
南極観測はほぼ毎年、実施されており、今年は54次隊となるが、予算不足で物資輸送などに欠かせない「CH-101」大型ヘリコプターが搭載されない恐れがあり、そのためにこの事業そのものがままならない状況になっているということである(注:「CH-101」は文部科学省が調達し、海上自衛隊が運用してきた)。
私はかつて『奇跡の船「宗谷」 』(並木書房)というノンフィクションを上梓していることもあり、敗戦国のわが国が戦後10年で南極観測をスタートさせたことや、その後、一時の中断はあったもののなんとかして続けてきたことに心からエールを送る1人であるが、この南極観測事業が置かれた現在の困難が、自衛隊に原因があるかのように誤解されているのではないかと、やや気になっているのである。
初代南極観測船の「宗谷」は海上保安庁が運用していた。その後「ふじ」「しらせ」と、海上自衛隊が運用の役割を担うようになったが、自衛隊が行うのはあくまでも輸送の「協力」である。メインプレイヤーは文部科学省の研究機関である国立極地研究所などを中心に構成した南極観測隊だ。
そのため、南極観測事業にかかる予算は文科省が一括要求する仕組みとなっている。つまり、防衛予算から捻出しているわけではない。海自としては、ただでさえ充足率の低い中で人員の派出はかなり苦しいものの、逼迫する予算には影響しないため、この事業に協力することが可能なのである。
こうして海自が関わるようになった南極観測であるが、段々と支援するに足る予算の確保がおぼつかなくなってきていた。
まず4年前、先代の「しらせ」の退役に伴い新しい艦に交代するはずが、予算が付かず、オーストラリアの砕氷船「オーロラオーストラリス」をチャーターして凌ぐ事態となった。
そして、2009(平成21)年には現在の2代目「しらせ」が就役したが、この時からヘリが3機から2機体制に削減され、予備の部品も極めて不十分な状態となっていた。さらに2011年の53次隊では、故障による修理でヘリが1機になってしまったのだ。
ヘリは3機あってはじめて修理と訓練などのローテーションが組め、円滑な運用ができる。そもそも、ここを削減し始めた時点で予想し得たことである。
海自側はそのようなことを案じ、このままでは南極観測事業の継続が危ぶまれる旨、文科省に対し伝えていたはずだ。ところが予算を獲得することはできなかった。
「何事もなければいいが・・」という関係者の懸念が不幸にも的中し、今年は異常気象のためか昭和基地周辺が厚い氷で覆われて接岸を断念。1機の大型ヘリやソリだけで輸送を行うことになった。奮闘したものの、予定の半分近くは諦めざるを得なかった。
それどころか、「しらせ」は氷で舵を損傷してしまい、よもや海自の護衛艦や輸送艦などを派遣しての救出作戦が行われるところだったとも報じられた。
支援だ協力だと言っても、やるとなればリスクはつきものであることが再認識された経験だった。
「運用」には継続的な予算獲得が必要
話は変わるが、私は、今年の春に内閣府で開催されていた「災害時多目的船に関する検討会」の委員を務めていた。日本のような国には、災害時などに病院機能などを持つこうした類の船が有用であることは言うまでもない。
しかし、仮説の話だが、もし海自が運用するようなことになれば、あるいは費用の負担も期待されたりすれば、現状の予算・人員の規模ではとても対応できず、そのような将来を想定すると、無責任に引き受けられないのではないかとも思う。
国が多目的船を持つことに反対をするわけではないし、むしろ活用次第で有意義な試みだと思うものの、そういう観点で考えると、省庁間横断で取り組むような国家的な事業は、高い志やビジョン、そして所管省庁の継続的な予算獲得への熱意(今だけあればいいってものじゃない)、いずれでも欠ければ成し得ないものだとつくづく感じる。
自衛隊は決して「くれない族」ではない。しかし、多方面から期待が寄せられていてすべてを引き受けきれない事情もある。
航空機や艦艇の派遣要求があったとして、その物単体で出れば済む問題ではない。それに伴う訓練や整備なども不可欠だ。そうした運用の現実を、もう少し世に知ってもらう必要もあるのではないか。
ただし、たまにこの「~してくれない」という声が、陸海空自衛隊の間で互いへの不満として噴出していることもあるようで、それについてはぜひ柔軟に協力し合えるよう取り組んでいただきたいものだ。