落ちていない落とし物。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 










【今日の突破口】ジャーナリスト・東谷暁





よく知られた小噺(こばなし)に次のようなものがある。

 ある夜、男が街灯の下で這(は)いつくばって、何か探し物をしていた。通りがかりの人が「落とし物ですか、そこで落としたんですね」と聞くと、探し物をしている男は答えた。「いや、落としたのは暗がりなんですが、そっちは暗くて、よく見えないもんですから」

 いまの日本の政治は、この小噺に出てくる落とし物をした男のようなものだ。何かを探してうごめいているのだが、そもそも探している場所が落とした場所ではない。こんなことをいくら続けても日本は復興できないしデフレからも脱却できない。

 いま日本が直面しているのは、世界がもろともに、不況の二番底にすべり落ちるという危機状況だ。それは、ギリシャ問題が遠のいても、こんどはスペインやイタリアの問題が控えているといった、欧州だけの問題ではなくなっている。

 米国も株価だけは一時的に戻ったかもしれないが、相変わらず雇用は伸びず、消費も回復しない。中国は不良債権が降り積もり、いよいよ経済成長が停滞しつつある。インドやブラジルにいたっては、すでに急成長から見放されてしまった。

 そんなときに、二大政党が結託して日本経済をさらに落ち込ませる大増税を推進しているのは、まさに「死の舞踏」というべきで、間違いなく日本国民の消費意欲はしぼんでいくだろう。さらに困ったことに、それに反対している政治家は名うての「壊し屋」で、どうも信念によって反対しているわけではない。

 最近の米経済学者たちの議論を聞いていると、もう二番底を覚悟しているとしか思えない。先月も人気経済学者、ポール・クルーグマンが『さっさと不況を終わらせろ』を刊行した。同書には日本に提案したインフレ目標政策も出てくるが、効くかどうかは分からないが試してみるべきだという程度で、ともかく財政出動で米国を救えというにつきる。

 経済諮問委員会の委員長を務めたクリスティーナ・ローマーも金融政策で不況脱出だと主張し、日本ではインフレ目標の「女神」のようにもてはやされた。しかし今年4月に「危機における財政政策」を発表し、「賢明」な財政拡張を模索している。ローマーによれば累積赤字の削減は長期的目標とし、いまのような世界的不況の中では財政拡張を短期的目標とすべきだという。何より「愚劣」な政策は急激な支出削減と増税だと指摘しているが、それはまさに日本が行おうとしている「一体改革」という大増税のことだろう。

 日本のインフレ目標政策論は、学生の知的トレーニングには多大な貢献をしたかもしれないが、現実の政策論争においては、あたかも財政政策なしで不況脱出が可能だとの幻想をふりまいて、賢明な政策への道を阻害してきたとすらいえる。もうそろそろ日本のインフレ目標派もクルーグマンやローマーのような常識的な議論に戻った方がいい。

 不況の二番底を前に大増税を賑々(にぎにぎ)しく論じている政治家も、政治的駆け引きだけで何の展望もない壊し屋も、見た目はよくできた「紙の鉄砲」を振り回す経済学者も、街灯に照らされた明るい場所で、落ちていない落とし物を捜しているにすぎないのである。

(ひがしたに さとし)