【消えた偉人・物語】子供にどう向き合っていくか。
徳目は大事である。しかし、私たちは徳目それ自体に感動することはない。私たちが心魅(ひ)かれるのは、徳目を実践した偉人の生き方とそれが表出される至玉の言葉に対してである。いかに人は偉人となるのか。努力と研鑽(けんさん)が不可欠なことはいうまでもない。けれどもそれ以上に大切なのが偉人を育てた親の教育である。
戦前の教科書は、偉人を育てた教育に言及していた。国語教科書では、楠木正行(まさつら)や孟子の母について、修身教科書では菅原道真や吉田松陰の母に触れ、乃木希典(まれすけ)を育てた父母の教育を次のように伝えている。
「ある年の冬、大将が、思はず『寒い。』といひました。父は、『よし。寒いなら、暖くなるやうにしてやる。』といつて、井戸ばたへつれて行き、着物をぬがして、頭から、つめたい水をあびせかけました。大将は、これからのち一生の間、『寒い。』とも『暑い。』ともいはなかつたといふことであります。
母はまた、えらい人でありました。大将が、何か食べ物のうちに、きらひな物があるとみれば三度三度の食事に、かならずそのきらひな物ばかり出して、すきになれるまで、うちぢゆうの者が、それをたべるやうにしました。それで、まつたく、たべ物にすききらひがないやうになりました」
修身教科書は松陰の父、杉百合之助が米つき場などで兄弟に書物を読ませたことを紹介し、松陰が妹にあてた手紙を掲載している。
「自分たちの家には、りつぱな家風がある。神様を敬ふこと、祖先を尊ぶこと、親類とむつまじくすること、学問を好むこと、又田畑を自分で作ることなどである。これらのことは父母が常になされるところであつて、自分たちはそれにならはなければならぬ。これが孝行と申すものである」
後に松陰は、杉家の家風を「美事」と振り返っているが、修身教科書は、「我が子をはげましたり、いたわつたりして」、松陰の志を支えた父母の姿を優しく描いている。
この親にしてこの子あり。修身教科書は、偉人を育てた教育の重要性を説くと同時に、親として子供にどう向き合うべきかをも教えていたのである。
(武蔵野大学教授 貝塚茂樹)
吉田松陰が受けた教育が書かれた「父母」=「尋常小学校修身書巻五」 (昭和13年発行)