【消えた偉人・物語】
■明快な教訓「たべもの」
梅雨の時期になった。この時期は食べ物が腐りやすく、衛生にも特別の注意が必要になる。昔の先生はどんなことを子供たちに話していたのだろうか。
手元に昭和11年文部省発行の『尋常小学校修身書』巻一(教師用)の第七「たべもの」という教材がある。これは教師が子供に話して聞かせる教材で、その指導の目的は「飲食を慎んで身体を健康にすべきことを教えるのを本課の目的とする」とあるから、ちょうど今頃の教材である。
「青葉の影も深くなって、初夏の陽に照らされた庭の木々は目のさめるやうな色をしてゐます。(中略)葉陰にはもう可(か)なり大きくなった青い梅の実が澤山(たくさん)になっていました。棒でこれを叩いて食べようとする健一に母親が『熟してゐない梅の實はおなかを悪くするからたべてはいけませんよ。』と言う。健一は、一つぐらいはいいだろうと思うが、『病気になっては、おかあさんが御心配になる。』と思い返して全て庭に棄(す)てる。
暫(しばら)くして妹がそれを見つけて食べようとするのを健一が止めて、『さきにおかあさんがお言ひきかせになったことをよく話して』教える。妹は兄の言うことをよく聞いて梅の実を食べない。」
ここまでがお話で、教師のまとめに入る。
「暑い時には悪い病気が色々流行しますから、殊にたべ物や飲み物に注意し、西瓜(すいか)・甜瓜(まくわうり)の類を食過ぎたり、なま水・氷水などを飲過ぎたりしないやうにしなければなりません。」と結ばれる。以上が「教授要項」である。
さらに「注意」が3つあり
一.本課における主要な教授事項
二.(略)
三.本課に因(ちな)んで論(さと)すべき事項
が示されている。
「教授事項」として、教師がしっかり教えこむべき事項が明確である。「考えさせる」とか、「話し合う」などということはない。また、健一も妹もよく母親や兄の言うことを聞き入れている。
この教師用書から、教育の原形が読みとれるように思う。指導が明快である。(植草学園大学教授 野口芳宏)
梅の実を拾う妹を注意する兄=「尋常小学校修身書」巻一(児童用)