西郷隆盛と勝海舟の会談でもあるまいに、「乾坤一擲(けんこんいってき)」と意気込んだ野田佳彦首相の、消費税増税をめぐる小沢一郎民主党元代表との2度にわたる会談は、予想通り物別れに終わる。首相は小沢氏に最後通告をし、自民党など野党が求める「問責2大臣」の更迭を含めて5大臣を交代させる内閣改造を行い、自民、公明両党との修正協議に入った。「政治生命を懸ける」とまで言った首相の消費税増税への意欲はうかがえる。
≪自民党案丸呑みできるのか≫
だが、首相の意欲とは別に、事が容易に運ぶとは思えない。首相は、今は消費税増税に前のめりになっているが、3年前に出版した著書、『民主の敵』では、現在の小沢氏と同じくその前にやることがある、すなわち、独立行政法人の特別会計や官僚の天下りという「今のからくり」に切り込まない限り、消費税を引き上げても「砂漠に水を撒(ま)くのと同じ」で、「消費税率アップを容易に認めてしまうと、そこで思考停止し、今のからくりの解明はストップしてしまう」と述べていたはずだ。
首相は、財政健全化は「待ったなし」だと意気込んでいるが、国民は、消費税増税が本当に財政健全化に資するのか疑問に思っている。首相は、前言を翻した理由とともに、その辺りについて国民に丁寧に説明すべきだろう。
首相はまた、自公両党の賛成を得て、消費税増税を実現したい意向だが、自民党は、消費税増税自体には賛成であっても、その使用目的については、首相と根本的に見解を異にしている。首相はここでは民主党のマニフェスト(政権公約)に拘(こだわ)り、「最低保障年金」や、幼保一体の「総合こども園」などに充てたい意向だが、自民党は、それらを社会主義的で「バラマキ」だと批判している。
最近の生活保護についての取り組みにも表れているように、自民党は、「自助自立」を標榜(ひょうぼう)する保守政党の立場から社会保障のあり方を見直そうとしていて、それらを、有識者を入れた「国民会議」で議論することを提案している。首相が自民党の理解を得たいのであれば、マニフェストを撤回し、国民に謝罪したうえで、「国民会議」構想を含めて自民党案を丸呑(の)みすることが必要だろう。
≪行く手阻む「輿石3原則」?≫
だが、マニフェストを撤回して自民党案を丸呑みすれば、民主党は政権に就いた正統性を失って国民を欺いたことになってしまう。党内の反発は必至で、小沢氏らも離党で揺さぶりに出よう。
何より、首相が党の執行部を預ける輿石東幹事長が黙ってはいない。輿石氏は「(消費税増税法案を)採決しない、党を割らない、(衆院を)解散させない」をモットーにしているとされ、これらは「輿石3原則」とも揶揄(やゆ)される。どうあっても党を割らせてはならない、と考えているのだ。
それは、首相が「政治生命を懸けている」テーマについても、である。首相が自民党との修正協議へと前傾姿勢になればなるほど、輿石氏は首相に対する「造反者ナンバーワン」となり、首相の政治生命を奪ってまでも「党内融和」を図ろうとするだろう。
現に、輿石氏は、最高裁が違憲状態とした衆議院選挙区の見直しについて、足踏み状態を続けている。政府見解では、「違憲状態」は首相の解散権を制約しないが、事実上、制約されている。これでは、首相が解散をちらつかせながら、小沢氏ら党内の反対勢力を押さえ込むこともできない。
党幹事長が首相-党代表の首根っこを押さえ付けている形だが、輿石氏は野田氏を支えようとは思っていない。幹事長として政権与党内で権力を振るえればよく、首相が野田氏でなくても構わない、と思っていることだろう。
野田氏が「政治生命を懸ける」課題を実現するには輿石氏を切ればよいのだが、党内基盤の弱い野田氏にはそれも難しい。切れなければ、首相には気の毒だが、先には退陣の道しかなくなり、それなら決断は早い方がいいということになる。首相が何より嫌う「決められない政治」状態が続き、政治が空転するだけだからだ。
≪民主党4人目の首相は御免だ≫
しかし、民主党政権下での4人目の首相誕生だけは勘弁してほしい。首相は3年前に上梓(じょうし)した前掲書で、「国民の手の届かないところで、国のトップが突然変わっていく…。最近のケースはちょっと目に余るものがあります」とし、「与党のトップ、要するに総理、総裁が交代するときには、民意を問う、すなわち総選挙を行うという申し合わせ」を与野党ですべきだと主張していたはずだ。
ここは、輿石氏を切るかねじ伏せるかして、「乾坤一擲」、首相の専権事項の解散権を行使し、存在感を示してもらいたい。
あるいは、万が一にもと、思うが、輿石氏に同調して、再び前言を翻して消費税増税法案の採決を見送るのか。そうなれば、首相は国民の信を完全に失って、生ける屍(しかばね)になるだろう。進むも地獄、退くも地獄。野田首相の政治家としての力量が試されている。
(やぎ ひでつぐ)