水を運ぶ少年と松井秀喜。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 










【土・日曜日に書く】論説委員・別府育郎





一枚の写真が語るストーリーは、何百行を費やすより雄弁であることがままある。原稿書きとしては、嫉妬するしかない。デジタルの時代となってもそれは、目に、心に、焼き付けられる。


宝物


 東日本大震災直後に、宮城県気仙沼市の被災地で撮られた「水を運ぶ少年」の写真は、強烈な印象を残した。

 津波によるがれきの町を、水を入れた焼酎の特大ペットボトルを両手に持ち、唇をかみしめて力強く歩を進める少年。共同通信が配信した写真は、国内外の多くのメディアで紹介された。

 感動した一人に、俳優の高倉健がいる。高倉は新聞の切り抜きを映画の台本に貼り、写真の少年の姿を見ると「ギュッと気合が入る。宝物です」と話した。

 持ち歩いているわけではないが、大事にしている新聞の切り抜きがある。2003年、松井秀喜のヤンキース1年目、宿敵レッドソックスと戦ったリーグ優勝シリーズ第7戦。劣勢の八回に同点のホームに滑り込んだ松井が両の拳(こぶし)を握りしめたまま体を丸め、高々とジャンプし、言葉にならない叫び声をあげている写真だ。

 「平常心」や「不動心」を唱えていつも冷静な松井が、壊れてしまったのかと思わせるほどの興奮ぶりだった。

 後年、大ジャンプの心境を本人から聞く機会があった。

 「プロ入り後、体で感情を表すことはなかったかもしれません。ゲームの大きさ、展開、いろいろなことで感情が爆発してしまったのでしょう。僕だって人間なので感情が上下するのは当たり前。ただそれを僕は抑えられるし、そのことがいいプレーにつながると思っています。ただあの瞬間は、そういうものを超えてしまったのでしょう」

専属広報として米国の松井に同行する広岡勲によれば、巨人時代にも拳を突き上げたシーンがあったという。1997年6月、ファンの少年が交通事故で重体となり、松井は試合前に励ましのサインをボールに書いた。

 願いむなしく少年は試合中に息を引き取ったが、「松井選手はきょう必ずホームランを打つよ」と言葉を残した。悲しい知らせを聞いた松井は延長十四回に左中間本塁打を放ち、拳を突き上げたままダイヤモンドを駆けた。それはガッツポーズというより、天に届けとのメッセージだったのだろう。


あなたは一人ではない


 6年前の秋、全国でいじめに悩む子供の自殺が相次いだ。当時社会部で、「一人でも思いとどまってくれる紙面を作れないか」と話し合い、広岡に相談した。

 移動の車中で依頼を聞いた松井は「いじめている子と、いじめられている子、どちらに書けばいいのだろう」と悩み、260字のメッセージは2日後に届いた。

 《もう一度考えてほしい。あなたの周りには、あなたを心底愛している人がたくさんいることを。人間は一人ではない。一人では生きていけない。そういう人たちが悲しむようなことを絶対にしてはいけない》

 呼びかけは、翌日の産経新聞1面に掲載された。

 そういう男である。昨年の大震災にも、平静ではいられなかったろう。松井はこう話していた。

 「自分から勇気づけたいなんておこがましい気持ちはありません。ニュースで僕が打っているのを見て少しでも元気になってくれる人がいたらうれしい。少しでもいいプレー、少しでもいいニュースをお伝えしたい」

だからこそ、不本意な成績に終わった昨年は苦しかったはずだ。今季は開幕時に契約球団が決まらず、それでも黙々と練習を続けた。松井にはなぜか耐え忍ぶ姿が似合う。ルーキー時代に「松井は高倉健に似ている」と語ったのは、確か青田昇さんだった。

 シーズン途中のマイナー契約から自力ではい上がり、5月29日、メジャー昇格初戦で会心の本塁打を右翼席に放った。

 確実な感触が手に残ったのだろう。弾道を確かめるように少し顔を上げると、次の瞬間には伏し目がちに唇をかみしめ、駆けだした。いつもの姿の松井に、少年の写真がだぶってみえた次第。


豪快に飛ばしましたね


 「水を運ぶ少年」は、気仙沼市の小学6年、松本魁翔(かいと)君という。震災直後は1カ月半も断水が続き、特大の焼酎のペットボトルを両手に、片道1キロの井戸へ毎日3往復以上を歩き続けた。

 いまも仮設住宅で家事を手伝いながら、この土日は少年野球の試合がある。内野を守る魁翔君の憧れは巨人の坂本勇人だが、松井の復活弾はニュースで見た。

 「豪快に飛ばしましたねえ」

 元気は、確かに伝わっている。

                              (べっぷ いくろう)




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2003年ア・リーグ優勝決定シリーズ第7戦 レッドソックス戦8回、同点のホームを踏み飛び上がってガッツポーズのヤンキース・松井秀喜外野手(AP)



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「水をくむ少年」として配信された松本魁翔君の写真=平成23年3月14日、宮城県気仙沼市