ウサギに長い耳あり。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









【くにのあとさき】東京特派員・湯浅博





思い返せば、あの政治家もこの政治家も訪中したとたんに中国女にコロリといかれた。彼女がどこの機関に属し、誰が尾行しているかも分からない。あとで「卑劣な脅迫」があるかもしれず。時には、週刊誌に下半身の弱さを暴かれ、頭を抱えることになる。

 ことが違っても、中国大使館元1等書記官のスパイ疑惑が取り沙汰されて、ドキリとした政治家が多かったのではないか。いや政治家だけでなく、「女・カネ・中国の醜聞」と書かれた新聞社幹部もいたから、メディアも心しなければならない。

 決して忘れてならないのは、中国で情報機関に狙われた在上海日本総領事館の電信官のことである。40代の男性職員は2004年5月に、「国を売ることはできない」との悲痛な叫びを遺書に残して命を絶った。弱みを握られ機密情報の提供を強要された悲惨な事件だった。

 強権国家の情報機関は、1つの組織で対外情報と国内情報の両方の機能を併せ持っている。中国の国家安全部はじめ、旧ソ連のKGB、朴大統領時代の韓国KCIAなど、怖い公安機能も持つから容赦がない。

 長年、日本に潜伏して活動する工作員を「スリーパー」という。愛想がよくて能力があり、信用度が高くなければならない。日本には機密保護法がなくて刑罰が軽いから、彼らスパイたちの天国である。あの阪神大震災の被災地のがれきの中から、某国スリーパーのものとみられる迫撃砲が発見されたとの報道が2007年1月にあった。

 情報収集機能という面では、理工系の外国人研究者や留学生にも重要な役回りがある。彼らは日本の先端技術を手にして、合法的に帰国する。母国で欧米留学組の大学院生の技術と合流して、世界最強の技術が誕生するかもしれない。


まして、中国は世界に冠たるコピー大国である。中国の高速鉄道は、先頭部分が日本の新幹線技術からなり、ドイツ、フランス、カナダからの技術を合体させて「自主開発」と称している。これを途上国に売り込んでいるから恥も外聞もない。

 日本国内では、情報機関の浸透や安易な技術移転を阻止すべきであることはいうまでもない。同時に、日本という攻撃力のないウサギこそ、敵の意図や動向を察知する「長い耳」が必要ではないか。

 民主国家にも、英国に首相直結の秘密情報部SIS(MI6)があり、敗戦国のドイツでさえ対外情報機関BNDを持つ。脆弱(ぜいじゃく)な軍事力を補完するために、的確な情報力は欠かせないからだ。

 戦後日本をつくった吉田茂首相は、米国に影響力を持ち続けた英国モデルを考えた。「軽武装・経済優先」が軸だとしても、強力な対外情報局をつくって国家の安全保障を確保しようとした。だが、吉田の情報局構想は、首相に権限が集まることを恐れた政敵にじゃまされ、野党の「戦前に逆戻りさせるのか」との非難の前に潰された。わずかに首相直属組織としては、小ぶりな内閣情報調査室に封じ込められた。

 以来、独立した対外情報局をつくる動きは後退する。自民党政権末期に、元官房長官の町村信孝氏を座長に情報機能強化策の報告書がつくられた。これも民主党政権に移行したとたんに棚上げされた。独自情報なしに、独自外交はあり得ないのに、ウサギの耳は折られたままだ。