【産経抄】5月23日 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









金環日食の興奮がいまださめやらない。金色の環の神々しさはいうまでもないが、日食が1分1秒違わずに起きたことも驚きだった。今どきの天文学からすれば計算は容易(たやす)いことだろう。だがその計算通り宇宙が正確に動いていることも、神秘的に思えたのだ。

 ▼9世紀初頭のマヤ文明遺跡で見つかった壁画には日食や月食の時期も示してあった。だが正確ではなかったという。ましてやその仕組みも知らない古代の人々には、突然太陽が暗くなるなど信じられないできごとだった。そのためさまざまに起源を想像した。

 ▼民族学者の大林太良氏は『日本神話の起源』の中でカンボジアに伝わる神話を紹介する。太陽と月と光を放たない大きな星ラーフは3人兄弟だった。ラーフは2人の兄に会うと、自分の口が大きいのを忘れて抱擁し呑(の)み込んでしまう。だから日食、月食が起きるのだ。

 ▼大林氏はこの3人兄弟の構成が日本神話の天照大神ら3姉弟と似ていることなどから、天の石屋戸(いわやど)物語も日食神話と見る。天照大神が弟の須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴狼藉(ろうぜき)に耐えかね石屋にこもる。困った神々が知恵をしぼって引っ張り出す『古事記』の中心的神話である。

 ▼しかし工藤隆氏の『古事記誕生』はこれに否定的だ。日食神話には太陽神が自ら隠れるなどの要素がないからである。むしろ地上から矢で射落とされるのを恐れた太陽が身を隠す、という中国・長江流域の少数民族の神話が流入したものではと推測する。

 ▼いずれにせよ、古代から人間が太陽の恵みによって生き、その動きに強い関心を寄せてきた歴史を示している。金環日食はそのことを思い出させてくれた。忘れないためにも日食グラスは大事にとっておきたい。