日本版「文化大革命」只今進行中-5 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 






夕刻の備忘録 様のブログより。




さて問題は、長い年月を掛けて深く静かに潜行し、遂に明白な形で現れてきた日本版の「文化大革命」を如何にして沮止し、その首謀者達を駆除するかである。

彼等の基本戦略は単純である。あらゆる分野、あらゆる階層に、「清廉潔白なる素人」を送り込むことにあった。何も知らない、何もしようとしないから、永遠に「清廉」で「潔白」でいられる事勿れ主義、先送り主義、無責任の塊を「新時代の寵児」とばかりに持て囃し、主要な地位に就くまでサポートしてきた。

我が国のマスコミは、このことだけに熱心であり、他のことは全て、こうした任務を完遂する為の「目眩まし」「アリバイ作り」であった。

一人の人間が、両面を持つこともあれば、役割分担が為されていることもある。「善」なる役割を与えられた連中は、即ち「アリバイ作り専任」の連中は、自らがそうした役回りであることを自覚していない。

自覚していないが故に、真剣になってマスコミの偏向を否定する。自分の仕事を正当化し、「周囲は真面目な者ばかりだ」と熱弁を振るう。それは確かに「事実」であろう。そのように客観的に周囲の状況を見れない人だからこそ、「その役回りを与えられてきた」のである。

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素人礼賛のマスコミの最大の弱点は何か。
それは「彼等自身が素人であること」である。

彼等は実は何の専門家でもない。

カメラの前で作り笑顔で原稿を読む者から、その原稿を書く者、その下調べをする者、取材をする者、テロップを打ち込む者、編集をする者、その他大勢を含めて、ここに「真のプロ」は存在しない。全ての要素が集まって、ようやく一つの番組を作り得るレベルにはあるが、彼等は自分自身が話している内容も、その背景も全く理解していない。

では「真のプロ」とは何か。それは自らの意に沿わぬことはしない人間である。職を賭けて抵抗する人間である。それでも叶わぬ時は、辞職して自らの証を立てる人間である。こう書けば、マスコミには絶対に居ない人種であることが御理解頂けよう。

確かに理解していなくても出来る報道はある。しかし、絶対に容認出来ないことは、それを彼等は「理解していると強弁すること」である。そして、多くの視聴者がこれに騙され、「一応の知性のある人物である」と誤解することである。疑問があれば、あの「襟立て女」を見よ。

作られたタレントであり、作られた議員であり、作られた大臣であって、その中身は全くの空っぽである。しかし、マスコミの多年の協力により、少しは頭があるかの如くに誤解している有権者が多数居るのである。その結果の大量得票である。

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素人礼賛をするのが、各種業界きっての専門家なら、まだ話は分かる。「素人の日本代表」の如きマスコミが行う素人礼賛とは、「単なる自画自賛」に過ぎない。自分達が、その才能の欠如、努力の欠如、志の欠如により、一向に能力が高まらないことを肯定する為にも、彼等は熱心に素人を持ち上げる。そして、その一方で自分達の専門性を語り、誰もが届かない高みに居るかの如くに偽装する。これは成り済まし外国人を偽装して、主要な地位を与え、組織を乗っ取る、所謂「潜入工作」と全く同じ手口である。

「本物」がテレビに出て「人生の貴重な時間」を浪費するはずがない。仮に、そんなことが起こるとすれば、予算が附かない組織の代表が、その責任感の表れとして、自らの時間を捧げて広報活動を行っているか、余命幾ばくもない名人・職人が、これも自らの後継者育成の為に、その履歴を語っているかのどちらかであって、「本物」がにやけ顔でコメンテータなどやっているはずがないのである。

従って、彼等の主張は素人の主張に過ぎず、全く聞くに値しない戯れ事であり、それを「専門家」と偽って登場させるマスコミは詐欺の片棒を担ぎ、あるいは主犯となって、素直な国民を騙しているのである。その結果が、ここまで述べてきた日本版の「文化大革命」、即ち、「素人礼賛による専門家の排除」「素人政治家の跋扈による政権の簒奪」から、「国家主権の売り渡し」に道を通じている。

蟻の一穴が、壮大な売国活動に通じている。マスコミに頭の中を撹拌されて、善悪、真偽の区別が着かなくなったところで、遂に「政権交代」という名の巨大な詐欺事件が起こったのである。


現状のマスコミを解体し、「真の専門家」を我々の手に取り戻し、重要な意志決定が必要なポストには重要な人物が、知的な判断が必要なポストには知的な人物が配されるようにしなければ、我々の日本は取り戻せない。

しかし、現状を逆転するのは、そんなに難しい話ではない。

結論は何時も同じだ。それは単にテレビのスイッチを切ればよい。新聞の購読を止めればよい。巨大な騒音の中で何時間も浪費し、景品と金を交換するような愚劣な遊びから、いや「機械の奴隷になって遊ばれている」ことから卒業すればいい。気付いた者から粛々と、現状のマスコミに対して「NO!」の姿勢を取ることだけで実現されていく、極めて簡単なことなのだ。

若者が真のプロを尊敬し、真のプロになることを目指し、偽物を拒否し、偽物に甘んじる者を許さなければ、十年後には日本は「本物の国」に戻る。問題は今日、このことを決意する人間がどれほど居るか、唯それだけなのである。