関電は全電源を落とすべし。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 





夕刻の備忘録 様のブログより。





原発問題で袋叩きにあっているのは東電だとばかり思っていたが、何と「何の関係も無い関電」まで、凄まじいバッシングを受けているのは何故だろうか。関西電力が一体どのような「失敗」をしたというのだろうか。関電にも管轄する原発があるからか。

京都大学の藤井教授らを中心に、次なる大震災、それに伴う津波に対する悲痛なる警告が続いているが、その警告を無視しているからであろうか。関西に昨年と同等の、あるいはそれ以上の地震が起こった時にどうなるか、巨大津波が来たときに発電設備はどうなるか、そのような議論が真摯に進められていないからだろうか。

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ところで、大規模災害への警告を無視しているのは、「当面の原発維持派」だろうか、「直ぐ止めろ派」だろうか。どうも我が国には「反原発派」も「脱原発派」も存在しないように見える。存在するのは、「今すぐ止めろ派」と「何が何でも止めろ派」と「何人死んでもいいから電気は無くせ派」だけのように思われる。

何しろ、「当面の苦境を乗り切り、徐々に原発を廃止して、別の発電手段に移行していくべきである」と言っただけで「原発推進派」だと罵られ、既得権益側だ、企業の犬だと言われるのである。「いずれ原発を止めようと言ったら原発推進派だ」と言われるのである。まさに現代の奇観である。

彼等は震災対応には「巨大な、そして安定した電力が必要である」ことを認めない。「僅か百年前は電気の無い暮しをしていた、その当時に戻ればいいだけだ」という。なるほど、昔はそうだった。同時に、百年前には一台のコンピュータもこの世には存在しなかった。コンピュータ制御の交通機関もなければ、車も冷蔵庫も携帯電話も無かった。埋め込み型の心臓補助装置も無かった。CTもMRIも無かった。

今はあらゆる所に、とりわけ人の目に触れない所に、人類の総人口を遙かに超える台数のコンピュータが仕込まれている。電源を落とせば、これらは全て止まる。制御機能を機械任せにしたものを逐一洗い出し、制御を人の手に戻すことは不可能である。従って、国家の総人口の何割かを犠牲にするぐらいの覚悟がなければ、「百年前云々」などという話は絶対に出来ないのだ。

しかし、しかしながら、西の都では誰が雇ったのか、何の為に雇ったのか、よく分からない「特別顧問なる連中」が、関電の幹部を面罵して得意満面である。それは、かつての「襟立て・首無し」の仕分けコンビを彷彿とさせる勢いである。

現段階で、一体関電にどんな落ち度があったというのか。
今後の電力予想値を誤魔化したというのか。
デタラメを報告して保身を計ったというのか。
自らの権益保護の為に、特別顧問様を侮辱したというのか。

およそ信じ難い態度で、関電幹部を罵り、「自分達の正義」を吠え立てているが、古賀某を筆頭に、この連中は「彼等がその否なることを身を以て立証」したら、どうなると思っているのか。どうするつもりなのか。

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関電は全電源を直ちに落とすべし。
全職員は直ちに退職すべし。
それが唯一の身の証の立てかたである。

既得権の為でもなく、保身の為でもなく、誤魔化し世を謀る為でもない。そのことを徹底的に証明するには、この方法しかない。特別顧問達は、これに対応して自らの責任を果たすべし。辞職は万人に保証された権利である。この権利を妨げる方法は、この世に存在しない。

そもそも東電は国民の敵ではない。
原子力保安院ですらそうである。

本来なら、意気消沈したスタッフを励まし、あるいは騙してでも、担当者達に仕事をさせ、責任者達に「本当の意味での責任を取らせる」のが「政治の役割」であり、有権者の期待することである。それが見せられるのは東も西も、残忍なだけの人民裁判であり、血生臭い闘牛ショーである。

日頃自衛隊を口々に罵り、「災害時には救助して当り前だ」とまで言う。普段は、自衛隊の解体に全精力を費やしていながら、自分達の乗った船が危険だと知ると、直ぐに助けにこいと「命令」する。この連中と全く同じ精神構造である。

社会のインフラの為に、日夜、まさに昼も夜もの交代勤務で、命の危険の伴う高電圧設備のメンテナンスに従事している人達のことなど、全くお構いなしに、口汚く罵り続ける連中が、元官僚であり、特別顧問であり、政治の改革者を名乗る者達なのだ。

「東電は」「関電は」と一括りに言う時、そこには殉職覚悟で暴風雨の中、電柱に昇っている名も無き人達も含まれるのだ。彼等が直接、間接に護ってきたのは、我々日本人の生命そのものなのだ。あの福島で今、この瞬間も働きづめに働いている人達もいる。辞めようと思えば辞められる。逃げようと思えば逃げられるにも関わらず、彼等は働いている。それを「当然だ」と嘯く者は嘯けばいい。

しかし一転、彼等が総辞職した時の代替案はあるのだろうな。絶対に殴り返されない状況で、相手を後ろ手に縛り上げた状況で、なぶりものにするのは、人のすることではない。特別顧問とやらのやっていることは、これである。彼等は単なる人でなしである。

普通の感覚を持った人間なら、今さら恥ずかしくて口に出来ない、手垢でベタベタの「維新」を名乗り、船に乗った訳でも、船上で発表した訳でもないのに「船中ハッサク」などとケッサクな主張をする。

自衛隊を罵倒して、全自衛官が即時退職すればどうなるのか。領土は奪われ、災害の救助は無くなり、治安維持をする人達は居なくなる。そうなっても「責任を放棄して退職するなど言語道断だ」と追加で罵るつもりなのか。その罵る口を封じるのは、もはや占領軍であり、日本人ではなくなっているだろうに。


国民は、日本が既にこのレベルにあることを知ったほうがいい。国民の中に敵を見出し、それを退治する正義のヒーローを気取る者こそ、「真の国民の敵」なのだ。本当に国を想い、想わざる者に天誅を加えるというのなら、もっと穏やかで、もっと確実で、それとは分からない方法があるものだ。

彼等こそ権力の亡者であり、かつて奪い損なった権力を、今この時とばかりに奪いにきた「昔の名前で出ています」という時代遅れの妄想家なのだ。

電力が要らないというのなら、西へ行け。
公共工事が要らないというのなら、西へ行け。

自衛隊も、警察も、官僚も、政治家も要らないというのなら、何処かに自分達の理想とする国内国家を作ればいい。今ちょうどその実験台を買って出てくれている西の都がある。国家に反旗を翻し、復旧復興の手立てですら、各種利権とごちゃ混ぜにして妨害することしかしないのなら、西の都で理想の国家を樹立すればいいだろう。

その成果を楽しみに拝見させて頂くつもりである。
中央政界に打って出る必要など何処にも無い。
自分達で国家を作れば、そこが中央ではないか!