【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛
内閣府の「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」結果が10日に発表され、いくつもの設問への肯定回答率が過去最高になったと判明すると、各紙は一斉にその旨を報じた。私が本欄でこの世論調査を扱うのは、今回が初めてだと思うが、他の舞台では長年月、この問題に幾度も触れてきた。
≪自衛隊の好感度は過去最高≫
自衛隊に「良い印象」を持っているとの声は、「どちらかといえば」を含めて91・7%(「悪い印象」=5・3%)、日米安保条約は「日本の平和と安全に役立っている」は81・2%(「役立っていない」=10・8%)。これらはいずれも過去最高値(同・過去最低値)だ。さらに今回の調査では、東日本大震災での自衛隊の災害派遣活動(「評価する」=97・7%)、米軍の支援活動「トモダチ作戦」に対する印象(「成果を挙げた」=79・2%)などの質問項目が加わり、いずれも高い肯定回答率が記録された。
こういった結果が出ることは十分に予想可能で、私は過去半年ほどの間に幾度もそう公言した。しかも、3年ごとの反復調査で時系列変化が探れる設問では、微増ではなくて著増による最高値が出るのも確実だと語り、かつ書いてきた。「自衛隊の印象」や「日米安保の評価」などは、まさにそれだ。自衛隊の一隅で「喜びも悲しみも幾歳月」を過ごした親米派として、私は素直に嬉(うれ)しい。
≪日米安保肯定でも自立心衰弱≫
だが、赫々(かくかく)たる数値はいわば表の顔である。その裏面をも見つめようではないか。ポスト冷戦期に上昇一途で今回ついに5人中4人強が肯定するに至った日米安保体制の裏を覗(のぞ)くと、自立心の驚くべき衰弱がある。1年半前、尖閣海域で中国漁船による海上保安庁船体当たり事件が起こるや、わが外相は米国務長官に「尖閣は条約5条適用領域に含まれるか」と問うた。ことは武力攻撃レベル以下の事件だ。自力による領域保全努力はしないのか。条約を熟読しての質問か。私は2010年9月30日付本欄でこの問題を指摘した。
52年前には已(や)むを得なかった異様な構造の安保条約を、近年の日本人はますます読まなくなった。米国は日本を共同防衛する義務を負うが、日本には対米基地提供義務があっても、米国共同防衛義務がないという条約構造は、今日の日本の国力に照らして不適切ではないか、屈辱的ではないか。そんなことを自問するのは産経新聞だけで、大半の世人は無頓着。読まず考えずで現行条約に安住だ。
10人中9人強が自衛隊に好印象を持っていることは、驚くべき数字である。先進民主主義国の軍隊で自国民にこれ程の好印象を持たれている例はまずない。が、この好印象を解く鍵は自衛隊の「災害派遣」にある。依然として国民は自衛隊の第一の存在目的を「外国からの侵略の防止」にではなく、災害時の救援活動や緊急患者輸送などに見ている(82・9%)。それでもいいだろう。
ただ、災害出動するのは自衛隊だけではないが、防衛出動は自衛隊だけが負う任務だ。その意味で防衛出動こそは自衛隊の最重要任務である。それが理解されにくいのは、平時ゆえに已むを得ない。それでも、「侵略防止」が自衛隊の第一の存在目的とする声は今回大きく伸び、78・6%に達した。これ自体は喜ばしい変化だ。が、ここでもやはり裏を眺めよう。
≪教える人への教育まず必要≫
内閣府調査は毎回、「国を守るという気持ち」の教育が必要か否かを尋ねてきた。教育の場で取り上げる必要ありとの回答はポスト冷戦期に上昇一途で、今回ついに70%の大台に乗った。が、この表側の声の裏はどうか。誰がその教育を現場で担うのか。初中等教育の現場の教員たちには、それを担う自信があるのか。本音では彼らの大半は、自分はそういう教育を受けた経験がないのだから、まず自分がその教育を受けたいと言い出すのではないか。残念ながら、これが裏の現実だろう。
世界60カ国を対象とする世界価値観調査というのがある。日本では電通総研が窓口で5年ごとに行われる意識調査だが、「もし戦争が起こったら国のために戦うか」との設問に対する各国民の反応の一覧図を見たら、誰もが声を失うだろう。「戦うか」の質問は粗雑すぎて要注意だが、それでも国民の国家防衛意識の一応の指標にはなる。何回調査をやっても日本の「はい」回答は世界で断トツに低い。00年が15・6%、05年が15・1%、10年が15・2%だ。低さで万年2位のドイツでさえ、「はい」回答は日本の倍程度はある。
日本のこの惨状は1日にして生じたのではなく、敗戦以来の戦後教育の結果だ。惨状からの脱出も1日では成らない。さりとて何十年もかけてよいわけではない。「国を守るという気持ち」の教育が必要という圧倒的多数の声に、私は同意する。焦らず根気よく教育に賭けよう。まず必要なのは、自衛隊に属さない普通の国民が「国を守る」とか「祖国のために戦う」とかは具体的にはどういう行動であるべきかの議論である。
(させ まさもり)