チベット騒乱4年 ダライ・ラマ帰還が悲願
中国政府の宗教弾圧に抗議するため、2008年3月にチベット自治区で起きた大規模な反中国デモ(チベット騒乱)から14日で4年がたった。厳重な警戒体制が敷かれる中国北西部青海省のチベット族居住地域では僧侶らによる抗議の自殺が相次ぎ、中国当局によるチベット文化を否定する動きが目立つ。チベット族と漢族の間にはやり場のない不信が渦巻いていた。
(青海省海南チベット族自治州 矢板明夫、写真も)
■最後の悲鳴
「彼らは自殺したのではない。ほかのチベット族のために身をささげたのだ」-。
中年の僧侶が顔を紅潮させた。青海省チベット族居住地域にある小さな寺院の一室で、2人の僧侶が、続発するチベット族の自殺について語り始めた。
「仏典の中に『自分の肉を虎に与える』という故事があるように、みんなのために自らの命を犠牲にした人たちを私たちは尊敬する」と年配の僧侶が付け加えた。2人とも中国語を話していたが、それほど流暢(りゅうちょう)ではなかった。
11年3月、四川省で若い僧侶が焼身自殺を図ったことを機に、中国各地でチベット仏教僧らの焼身自殺が相次いだ。メディアにこれまで報道されただけで24件にのぼった。今年に入ってから、自殺者は僧侶にとどまらず、学生らにも広がり始めた。
チベット族が多く住む青海省では、今年すでに達日県と天峻県で2人が自殺した。1月8日に達日県で自殺したソナジュジェ活仏(チベット仏教の高僧)は僧侶に強い影響力を持っていた。しかし、当局は彼の身分を認めず、自殺した後も「自称活仏」と呼んで詐欺師のように伝え、チベット族の不満を招いている。
活仏と長年の交流があったという年配の僧侶によれば、活仏が生前、最も強く訴えていたのは、インドのダラムサラに亡命しているチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世の帰還だった。すでに76歳と高齢のダライ・ラマを迎えることは、すべてのチベット族の悲願だという。
「何を言っても、中国も国際社会も私たちの声に耳を傾けてくれなかった。だから、彼らは自分の命を賭して訴えたんだ」と僧侶は静かに言った。
■文化弾圧
省都西寧から約120キロ離れた海南チベット族自治州の貴徳県南部の山に、高さ30メートルの観音菩薩像が現れたのは昨年秋のことだった。北京の不動産開発業者が投資したといわれているが、地元のチベット族の間で、「中国当局によるチベット文化弾圧の道具」として認識されている。
菩薩像は漢族の神話や古典小説「西遊記」などに登場する観音菩薩をイメージしている。
しかし、チベット仏教では、ダライ・ラマこそが観音菩薩の化身と考えられている。ある僧侶は「チベット族居住地域で漢族風の観音像を作ることは、チベット仏教を暗に否定する意味がある」と指摘する。
中国当局によるチベット文化を否定する政策は、数年前から着々と進められている。06年ごろから、各地のチベット民族学校で中国語を強制的に教える制度が少しずつ導入され、猛反発を受けている。
今月3日に甘粛省甘南チベット族自治州で、19歳の女子学生が焼身自殺を図ったのは、「中国語教育の強制導入」に抗議するためだった。
■民族の対立
3月14日が近づくにつれ、チベット族居住地域には警察車両や私服警官の姿が増え、異様な緊張感に包まれた。外国人記者の取材にも敏感になっており、「安全のため保護する」との理由で、記者も何度も警察に身柄を一時拘束された。
タクシーで移動すると検問を受けやすいため、ヒッチハイクしてトラックに乗せてもらった。
西寧とラサ間を長年往復する50代の漢族運転手は「最近、チベット族は冷たくなった」とつぶやいた。以前は、飲み水をもらいに訪ねたチベット族の家庭で食事を提供されることも少なくなかった。最近は対価として現金を要求されることが多くなり、漢族であることを理由に棒を持ったチベット族から追われたこともあったという。
一方、中国当局は共産党員であってもチベット族を信用していない。あるチベット族の教師と喫茶店で会った際、数分後に2人の私服警察官が現れ、隣のテーブルからこちらに向かってビデオカメラを回し始めた。「私も共産党員なのに、まるで犯罪者扱いを受けている…」。教師は悲しそうに言った。
チベット仏教の寺院で、信者(右)の質問に答える僧侶。身なりは漢族と区別がつかない若者にも、
熱心な信者が多い
青海省の海南チベット自治州に昨秋、建立された観音菩薩像