自衛隊の給与削減は本当に震災復興に役立つのか。
2012.03.07(水)桜林 美佐:プロフィール
夫とはしばらく会えないな」
「あの日」つまり昨年の3.11の地震を都内の官舎で経験し、自衛官の妻がすぐに思ったことだった。
「余震の中、戦闘服を抱え転がるように官舎から飛び出し、駐屯地に向かう休暇中の自衛官たち。小さな子供を抱き、笑顔で見送る妻たち。今でも鮮明に覚えています」
拙著『日本に自衛隊がいてよかった 自衛隊の東日本大震災 』を読んで下さった方からいただいたはがきに記されていた、さりげなく書かれたひと言であるが、目の覚める思いだった。
自衛官を支えている母や妻たち
この他にも、自衛官の妻たちと直接お話しする機会があったが、聞いてみると、驚くほどの「覚悟」で、この震災を経験したことが分かる。
「官舎の庭に奥さんたちが集まって焚き火をして、焼き芋を子供たちに食べさせました」
「暖房が使えなかった間は、窓にダンボールなどを張り付けようということになって、みんなで突貫工事をしたんです」
不安な様子を見せることは夫の負担になると誰もが知っている。それに、これまでも「初めて子供が熱を出した時」「肉親が急病で倒れた」など、一番そばにいてほしい場面でも「演習中で連絡も取れないなんてザラでしたから」ということで、同じ境遇にある妻同士が連絡を取り合い、力を合わせてきた。
この凛とした女性たちの力なくしては、あの精強な自衛隊の姿もあり得なかったと言ってもいいかもしれない。
また、震災当時、航空自衛隊に入隊したばかり、自衛官1年生(当時)の母上からも、ご子息に伝えたいこととして手紙を頂戴した。
「自衛官になった息子を誇りに思います。母はいつもあなたを応援しています。どうか無事に任務に励んで下さい」
自衛隊について考える時、その裏に「母あり、妻あり」であることを忘れてはならないだろう(最近は、女性自衛官を夫が支えるケースや、夫婦ともに自衛官という場合も少なくないが)。
「手当を付ければいい」は大きな勘違い
そんな話の後に野暮なことを言いたくはないが、「国家公務員給与削減特例法」が成立した。
人事院勧告に基づく平均0.23%の引き下げを4月にさかのぼって実施し、2012年度から2年間は人勧分を含めて平均7.8%削減するという。
これにより捻出された約5800億円は震災復興に充てられる、とされるが、政治家や世の中の多くの人が、この中に自衛官が入っていることをご存じないのではないだろうか。
自・公の働きかけにより、自衛官については猶予期間を民主党案の2カ月から6カ月に延ばすことにはなったものの、削減されることに違いはない。
東北などには、被災して家や車など財産を失った自衛官も多く、彼らも例外なくこの削減対象である。地方公務員については自治体の自主的判断に委ねるとして、対象になっていない。そのため、言いたくはないが、警察や消防などの方たちは給与減にはならない。同じように、自らの家族も後回しにして被災地に赴き、極寒の中でドロドロになって活動したのに、である。
こういう話をすると、よく「手当を付ければいい」などとと言う政治家などがいるが、これで給与削減をリカバーできると思うのなら、大きな勘違いだと言っておきたい。
災害派遣であれ、国際任務であれ、行った人もいれば、その背後には行かずに後方の任務に当たったり、待機をした自衛官もいる。
その全ての人たちがいて、初めて任務は成り立つ。ここに格差を生じさせることは、その重大なる意義を否定するようなものだろう。行かなかった人は、ただでさえ気後れしている場合もあるのに、余計に士気を低下させることが考えられる。
また、これもあまり知られていないが、手当は課税されているのである。つまり、もらう程に税金を払わなくてはならない。
かつて、イラク派遣に赴いたある自衛官は、翌年の税金分が前年の手当分よりも多く、かねて続いている減給の流れで、結果的にマイナス給与となったのだとか。こうした「手当貧乏」現象も起きている。
給与は減り任務が増えても文句を言わない自衛官
自衛隊には組合もなく、誰も細かいことに文句を言ったりしないので、また、そんなことを言う類の、品性のない人たちではないため、給与を減らされ任務は増やされという信じ難い状況が、全く世の中に気が付かれないのが現状だ。
「国のためなのだから、不満はありません。粛々と任務に当たります!」と、何人かの自衛官が言ってくれた。その心根に敬意を表するばかりである。しかし、組織全体のことを考えると、その精神力に依存してばかりはいられない。
おそらく、家庭の財政を担っている多くは妻たちなど家族ではないだろうか。これから悩まなければならないのは、本人よりもむしろ家族と言えるかもしれない。
政府も国民も、自衛官などの強い使命感に助けられていることが多々ある。その彼らを支えている家庭を揺さぶるような施策は、復興費を捻出する以上の損失につながるのではないかと、案じている。