【正論】拓殖大学大学院教授・遠藤浩一
衆議院選挙制度改革に関する議論が迷走している。
樽床伸二民主党幹事長代行(選挙制度を見直す与野党協議会座長)は15日、小選挙区の「0増5減」、比例代表の定数80削減、一部連用制導入-という私案を提示したが、各党が各項目について評価したり反発したりして、到底まとまりそうな雰囲気ではない。
≪急ぐべきは一票の格差是正≫
こうした混乱は、格差是正▽定数削減▽制度改革という3つの論点が十分整理されぬまま議論され、しかも、それぞれの論点が、(1)最高裁判決(一票格差違憲状態)を受けた憲法上の要請(2)国民負担増(消費税率引き上げ)を図るための政治的な要請(3)抜本改革なる制度上の要請-という異なる動機に促されていることによる。しかもそこに、自党にとって得か損かという恣意(しい)的な動機が加わって混迷に拍車をかけている。
結論を先に言うならば、現時点で急ぐべきは「一票の格差」の是正(小選挙区の定数削減ないし区割り変更)であって、比例定数の削減や抜本的制度改革は、敢(あ)えて次期総選挙後に先送りすべきである。以下、その理由を述べる。
第一に、民主党政権が選挙前には否定していた増税を実現せんがために、その取引材料として議員定数の削減を持ち出すのは、理不尽である。マニフェスト(政権公約)の破綻が明白となった現政権に、もはや正統性はない。現行選挙制度(定数)の下で実現した政権交代の反省と決着は、基本的に現行選挙制度(定数)の下で行うのが筋である。
≪抜本改革には憲法改正が必要≫
第二に、抜本的な制度改革を行おうとするならば、現行二院制の弊害を正さなければならず、そうなれば必然的に憲法改正を視野に入れることとなる。現行制度最大の欠陥は、衆参二つの院が似たような仕組みで1年から2年の間に選挙を実施しなければならなくなっていることにある。
いまや、一院制にするか、参議院議員の選出制度を根本的に改めるかしないかぎり、いわゆる「ねじれ現象」が常態化し、政治の機動的な運営は期待できなくなっている。衆議院の優位性を明確にしたうえで、都道府県知事と県庁所在地首長に参議院議員を兼任させるというのも一案だが、それには憲法改正を要する。やっつけ仕事ではすまされないし、そもそも現行憲法下で違憲とされた定数の改定と、現行憲法の欠陥是正を伴う選挙制度改革とを同時に進めるのは不健全である。
もっとも、憲法改正に手を付けない改革も、ある程度可能ではある。連用制や中選挙区制復活などがそうだが、こうした弥縫(びほう)策は党利党略の餌食となり、結果として、問題をより混迷させるだけだろう。
選挙制度の改革が難しいのは、絶対優位性を誇るシステムが見当たらないことによる。民主主義とは権力の委任に民意を反映させることだが、実際の権力委任すなわち政権選択に際しては分散した民意を集約しなければならない。
「民意の反映」には、二通りの回路が考えられる。
一つは議席配分に反映させる方法で、もう一つは政権選択に反映させるやり方である。比例代表制や中選挙区制は議席配分において、小選挙区制は政権選択において、それぞれ民意を強く反映させる。前者は選挙後の政党に政権構想に関する民意の集約を委任し、後者は選挙の段階で民意を直接集約してしまう制度、ということになる。どちらかが正しくて、どちらかが間違っているとは一概には言えない。
≪小党が優遇され影響力振るう≫
比例代表制では民意が議席配分にほぼ忠実に反映されるが、しかし中小政党が分立し、選挙後の政党間交渉は難航する。かつての中選挙区制も民意を議席に反映してきたが、自民党による一党支配体制(疑似連立政権)は比較的安定していた。半面、政治からダイナミズムが失われていった。他方、小選挙区を中心とした選挙制度の導入によって、確かに政権交代は実現したが、未熟な政党と政治家による政権運営は国民に深い失望感を与えた。
肝腎(かんじん)なのは、現在の日本にとってどのような選挙制度がより“まし”か、という視点だと思う。
連用制は複雑にした比例代表制で、小政党への厚遇が最大の特徴である。中選挙区制の復活も同様の効果が予想される。小政党への配慮といえば聞こえはいいが、それは、単独政権の意思と資格を持たぬ小政党に安定した地位を保証することにほかならない。
現状で連用制や中選挙区制を導入したならば、おそらく民主党や自民党は「三分の一政党」にとどまってしまい、優遇された小政党がキャスティング・ボートを握るという事態をもたらすだろう。それが健全な政党政治の姿といえるだろうか?
これでは、憲法改正を伴うような大きな改革は期待できない。その意味で、一部保守系議員や知識人が中選挙区制復活を主張しているのは敗北主義というほかない。
(えんどう こういち)