【経済が告げる】編集委員・田村秀男
経済学というものは複雑かつ難解なようでいて、大家の回答はいたってシンプルである。
近代経済学の巨頭、J・M・ケインズは不況対策として、紙幣を大きな瓶に詰めて廃坑の奥深く埋めろ、あとは自由放任、民間企業に掘り起こさせればよいと真顔で説いた。
地下のどこかに眠る巨額のマネーを目当てに、多くの企業が競い合って技術や設備を動員し、ヒトを雇用して、発掘に励む。見つかったおカネは使われ、経済全体に回るようになるので、景気は確実によくなるというわけである。
この紙幣大作戦、頭の固い財務省や日銀の官僚、あるいは官僚の意のままの主流派経済学者たちは「そんなことできません」と拒否するだろう。でなくても生真面目な日本人の多くは「打ち出の小づちなんて」と懐疑的だ。が、政治決断さえあれば明日にも実行できる。
筆者案は、日銀が100兆円の資金を発行して、政府に渡す。政府は100兆円の日本再生基金を設置する。100兆円は、何もかのニュートリノの観測装置「スーパーカミオカンデ」で知られる岐阜県神岡鉱山の深奥部に埋める必要はない。民間を競わせ、日本の復興再生事業プランを出させる。そこで政府は優れた技術開発、投資プロジェクトをいくつも選び、投融資する。
そうすればケインズの妙案と同じ効果が生まれるだろう。政府は民間投資主導の経済成長軌道を作り出すことになる。増税しては予算をばらまく、民主党の野田佳彦政権の路線では、国内で設備投資は起こらず、企業は海外に逃げるばかりだ。
この100兆円には確かな根拠がある。政府はこれまで、国民の貯蓄100兆円以上を吸い上げては、米国債を買い上げ、外貨準備を増やしてきた。表向きの理由は、円売り・ドル買い介入による円高阻止なのだが、現実にはドル安が止まらず、外準の為替評価損は実に40兆円以上に上る。政府・日銀の無策のために消費税率20%による税負担1年分に相当する富が失われている。ならば、政府は保有米国債をそっくり日銀に売り、現金に換えればよい。
日銀はその分、お札を刷る、つまり「量的緩和」を行うのだから、円安になる。すると、米国債の円換算価値は増えるので、日銀財務は潤い、健全化する。円安につれてデフレも緩和し、日銀が新たに言い出した「1%の物価上昇のメド」達成も可能になってくる。
政府は資産を別の資産に置き換えるのだから、債務は増えない。重債務国のギリシャにはできない、世界最大の債権国日本だからこそできる離れ業である。
筆者はリーマン・ショック後や東日本大震災後と数度にわたって、100兆円プランを提起し、政府要人にも直接提案したこともあったが、反応はほとんどなかった。
だが、政治の新潮流は同種のプランを引き込みつつある。「石原新党」は「100兆円の政府紙幣」発行を提唱する準備を進めている。既成政党のみんなの党や大阪維新の会(代表・橋下徹大阪市長)の経済政策指南役で、元財務官僚の高橋洋一嘉悦大学教授は「政府が100兆円のお札1枚を発行して、日銀に持ち込めばよいだけ」と解説する。
旧型思考に凝り固まった頭を切り替えるだけで、あとは政治決断さえあれば、コスト・ゼロで日本再生の道は開けるのだ。
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300兆円を刷れ