【産経抄】1月6日 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 









 そばや酒からカボチャのような野菜まで、江戸っ子は、初物に目がなかった。なかでも「宵越しの銭は持たない」のが自慢の彼らが、「女房を質に入れても」と熱狂したのが初鰹(はつがつお)だ。文化9(1812)年、江戸日本橋の魚河岸に到着した初鰹には、こんな逸話がある。

 ▼魚河岸から当時の人気役者、七代目市川団十郎と四代目沢村宗十郎に1本ずつ贈られた。それを知ったライバルの上方役者、三代目中村歌右衛門は残りの1本を三両、今の金額で27万円も奮発して手に入れ、団十郎より一足早く一座の者に振る舞った。

 ▼先を越された団十郎はよほどくやしかったのか、一生鰹を食わないと誓ったそうだ。演劇評論家の渡辺保さんはいう。「初鰹は『初』という字を買うのである。江戸っ子の、だれにもひけをとりたくないという意地っ張り、負けず嫌いな気質がそこにはあらわれている」(『芝居の食卓』柴田書店)。

 ▼すしチェーン店を率いる木村清さん(59)もまた、「初」という字を5649万円で買ったのだろう。東京・築地の中央卸売市場できのうの早朝初競りが行われ、1本269キロの青森県大間産クロマグロに、史上最高値がついた。

 ▼昨年まで3年連続、香港などでチェーン展開するすし店が、銀座のすし店と共同で競り落としてきた。「海外に持っていかれるより、国内で食べてほしい」と木村さんは話す。通常なら500万円程度というから、木村さんもよほどの「負けず嫌い」だ。それとも、宣伝効果で元は取れているということか。

 ▼江戸っ子の初物好きは、しばしば物価高騰を引き起こし、幕府が初物規制を敷いたほどだ。平成の初物騒ぎが、デフレ脱却につながってくれればいいが。