首相官邸に現れた財務省 の役人が、何かをうやうやしく差し上げる真似をした。
えっ!と野田は驚いた。何もないじゃないか。役人は両手を差し上げているが、何も持っていない。一体、コレは何の悪ふざけなのだ。野田が黙っていると、役人は頬に冷笑を浮かべた。
「首相、まさか何も見えないのではありませんでしょうね?」
役人は続ける。「このスーツは世間の馬鹿共には見えないのです。特にデフレ 、デフレと騒ぐ連中には絶対に見えません。 増税に理解を示す、知識と良識ある大人だけが見えるスーツなのです」
「わわ分かるよ。みみみ見えるよ」野田はよろめきながら立ち上がった。「いいスーツじゃないか、はははははは」
官邸に野田の虚ろな笑い声が響く。
着ていた服を脱ぎ捨てると、野田は役人からスーツを受け取る仕草を演じた。裸になると役人がじろりと下半身に視線を落とした。
「下着も替えて頂かなくてはいけません。もしや、首相には」
ここで、コホンと咳払いをした。
「この素晴らしい下着が見えないのですか?」
「ばば馬鹿な。もちろん、見えているぞ」野田は出来るだけの威厳を示そうと低音で語り出し、パンツを履き替える仕草をした。
「素晴らしい下着だ。うん。何ともこの肌触りが堪らない。まるで何も身に付けていないようだ。股のあたりが、すーすーする。うん。これはいい」
「いや、さすがに野田首相は本物の価値が分かるお方だ」役人は笑いをかみ殺しながら、お世辞を云った。
「ではスーツをお召し頂き、どうぞ、こちらへ」役人が指差したのは、国民が注視する演壇だった。
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「国民の皆さん!」
野田が壇上で語りだすと、悲鳴が上がった。女性陣がぎゃあああああ!と叫び声を上げた。男性陣がくすくすと笑い出す。そのうち叫び声や笑い声がうねるように大きくなった。げらげら笑い転げる国民の姿が見える。
「税と社会保障の一体改革を進めねばなりません!」
どよめくような大爆笑が起こった。そうか、俺はウケている。野田は嬉しくなった。観衆を見渡すと大笑いしている。腹を抱えて身をよじる奴がいる。顔を真っ赤にした若い女性がいる。馬鹿ウケだ。
「今こそ、消費税の増税を」
と、野田が肝心のポイントを説明し始めた時、ひとりの子供が立ちあがった。そして首相を指差して叫んだ。
「野田様は裸だ!丸裸だ!」
これを聞いた財務省 の役人は吹き出した。
「ぶわははは。子供よ、何を云うか」
役人は野田を突き飛ばして、演壇に上がった。じろりと国民を睥睨すると、冷たく云い放った。
「丸裸になるのはお前らだ」