【解答乱麻】明星大教授・高橋史朗
大阪府の橋下徹知事を代表とする大阪維新の会が府議会に提出した教育基本条例案が大きな論議を呼んでいる。この条例の論点のひとつに、教育における政治的中立をどう考えるかという問題がある。
橋下知事は「教育の政治的中立性が金科玉条のようになってしまって、教育現場が治外法権みたいになっている」(6月10日付朝日新聞)と指摘する。政治的中立の名の下、実際には学校現場が政治性を帯びた教員組合による自治管理に陥っていた面があることは否定できない。
慶応大学の小林節教授は「教育委員会が教育の政治的中立を誤解して、学校現場が政治性を帯びても放任している。これこそが教育委員会制度が機能していない証拠だ」(9月18日付読売新聞)と述べている。教育委員会制度が形骸化し、十分に機能してこなかったことは明白だ。
橋下知事は「今の教育委員会制度では責任の所在が全くわからない。複雑怪奇な仕組み」(5月18日の記者会見)と批判し、「クソ教育委員会」と罵倒した。教育委員長と教育長の権限が二重構造になっており、非常勤の教育委員長が常勤の教育長を指導することなど事実上不可能に近い。
橋下知事は全国学力テストの市町村別結果を公表するよう要請したさい、大半の教育委員会は「過度の競争をあおる」と反対し、学校別結果の公表も「ランキング付けにつながり、現場が混乱する」と反対。このような教育界の守旧的閉鎖的体質は、行政の情報公開制度を武器に、選挙で選ばれた首長の強いリーダーシップの下に打破する必要がある。
この条例案が可決されれば同様の動きが全国に波及することが予想される。全国に与える影響は極めて大きい。それだけに、法的整合性の面から次の問題点について十分に論議を尽くす必要がある。
第一に、知事が学校の教育目標を設定することは、知事と教育委員会の権限を截然(せつぜん)と分けて規定している地方教育行政法(以下、地教行法)第23条、第24条に違反しないか。
第二に、地教行法第7条1項で、知事が教育委員を罷免できるのは、(1)心身の故障(2)委員に適しないほどの非行-に限られている。教育委員会は合議制の意思決定機関であり、教育委員会の意思決定過程における個々の教育委員の意思表示をとらえて職務上の義務違反または委員たるに適しない非行と認め、個々の委員が罷免事由に該当するとすることは、地教行法同条の趣旨に反するのではないか。
第三に、校長に教員の採用権を与えることは、教員の採用は教育長が行うと定めた教育公務員特例法第11条に違反しないか。
公教育の最大の問題は、首長、教育委員長、教育長がバラバラである点にある。文科省を含めたこの4者の関係を整理し、権力・権限のあり方を見直す必要がある。
その意味で、教育の政治的中立性、継続性、安定性を確保するための仕組みを設けた上で、現行の教育委員会事務局は首長の補佐機関に改編し、文科省・教育委員会による系統を廃止し、地方公共団体の首長への権限と責任を統合するという公益財団法人世界平和研究所の「教育改革試案」(平成23年5月)は、検討に値する。国の責任を明確にしつつ、教育の地方分権をいかに進めるか、精緻な議論が求められる。
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【プロフィル】高橋史朗
たかはし・しろう 埼玉県教育委員長など歴任。明星大大学院教育学専攻主任、一般財団法人「親学推進協会」理事長。