中台に悪夢のシナリオ。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








【湯浅博の世界読解】




1996年の台湾総統選挙に対して、中国はミサイル発射演習で恫喝(どうかつ)した。このとき、米国は2組の空母戦闘群を派遣して、あっという間に中国を黙らせた。冷戦後の国際社会では、米国という最強の超大国にあらがえる国家は存在しなかったからだ。

 あれから15年が過ぎた。この間に中国は、すさまじい勢いで軍備増強をはかった。潜水艦も戦闘機も、カネにあかせて購入しては模倣した。後発国が先進軍事技術をモノにする際の“カエル跳び戦略”である。

 その結果、2010年の米国防総省の4年に1度の国防計画見直し(QDR)では、中国が「米軍に対して脅威を与える存在」と認識するようになった。東シナ海を「中国の海」とし、南西諸島を第1列島線として米軍を迎え撃つ中国の「接近・領域拒否」(A2AD)戦略を指している。

 そして、つい先ごろ、米国は台湾防衛に欠かせない新型F16戦闘機の売却を見送る決定をせざるを得なかった。オバマ政権は「F16の改良型で十分」と釈明するが、むしろ、中国の顔色を見ながらその圧力に屈したとの印象が強い。

米紙ウォールストリート・ジャーナルは米国が売却を決めたF16改良型はエンジンが古く「台湾海峡の軍事バランスで台湾に不利な決定だった」と断じた。しかし、決定はそれだけで済まない。

 日本外交筋は米国の大幅譲歩によって「中国の興隆、米国の衰退」をアジア太平洋の同盟国や友好国に印象づけてしまったと語る。しかも、中国軍の傲慢なナショナリズムを制御することが困難になる。

 中台関係についていえば、以前からささやかれていたいやなシナリオが現実味を帯びてくる。来年1月に予定される台湾総統選挙で、もし馬英九総統が再選されると妙な気を起こさないかとの懸念だ。

 台湾総統の任期は2期8年だから、2期目になると歴史に名を残したいとの色気が出る。他方、中国の胡錦濤国家主席もやはり来年秋の共産党大会で任期切れになるので、やはり歴史を意識する。

 いやなシナリオとは、中台が一体化する“国共合作”への道筋である。そうした微妙な時に、台湾防衛に対する米国の信頼が揺らぐと、悪夢のシナリオが現実味を増してくるのだ。

この懸念を払拭するように、馬総統は10日の辛亥革命を記念する双十節式典で、中国に対して「自由で民主的で富める国家を実現することを忘れてはいけない」と呼びかけた。

 中国の胡主席が前日に「平和的な統一」を訴えたことに、民主化が前提であることをぶつけた格好だ。台湾住民の大半が中台統一に反対していることを意識してのことだろう。選挙後まで、それが継続することを願う。可能にするのは米国である。

 オバマ政権は国防予算を向こう10年間のうちに1兆ドル削減する可能性が伝えられる。大統領は先月19日の演説で7月の与野党合意にある財政赤字の削減額1・5兆ドルを、さらに積み増して3兆ドルにすることを提案した。

 そうなると、国防費の大幅削減は避けられず、中国の興隆に備え、テロを防止する米国の国防方針が危うくなる。米国議会が国防費の削減策を放ってはいまいが、オバマ政権の出方が西太平洋の対中バランスを変えかねない。

                                    (東京特派員)