ジェイコブ・シフ求む! | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








【土・日曜日に書く】ニューヨーク駐在編集委員・松浦肇




◆国家IRしない政治家

 猫の額ほどのマンハッタンが警官と黒塗りの防弾車で埋め尽くされる騒々しさは、9月恒例の風物詩である。国連総会に出席する世界中のVIPがニューヨークに集まるためで、要人たちは空き時間を利用してクリントン・イニシアチブ、外交問題評議会(CFR)、ハーバード・クラブといった社交場で自国の宣伝に勤(いそ)しむ。

 今年もネットワークの現場に日本人政治家の姿は見られなかった。ウォール街の重鎮に会った形跡もない。財政難や株式市場での外国人売りを騒いでいる割には、相変わらず「国家IR(投資家向け広報)」への関心が薄い。

 地元メディアの幹部によると、日本政府が財政危機を強調する「対外キャンペーン」なら展開されていたという。就業人口の減少に社会保障の膨張で「あと7~8年で日本は外債発行に迫られる」というのが、海外メディアに対する政府幹部の口癖らしい。

 「国際世論を味方につけた増税路線への地ならし」。こんな意地悪な見方もできるが、財政危機にあるのは事実。とするならば、外貨建て国債の発行というリスクシナリオに備えて日本をもっとウォール街に売り込んでほしい。

 「20年以上の経験」「日米の金融界に広いネットワーク」「米金融機関を日本に参入させた実績」

 実は日本政府は昨年から、金融ビジネスに焦点を当てて、日本への直接投資を橋渡しするウォール街のベテランバンカー(銀行家)を探していた。

 ジャパンパッシング(日本素通り)をはね返し、リスクマネーが集まるウォール街を振り向かせたい…歴史上の人物にたとえるならば、「現代版ジェイコブ・シフ求む!」といった求人広告を打ったのだが、有力バンカーには敬遠され、1年たっても該当者はゼロ。募集は打ち切られた。

 ◆日本を救った銀行家

 「シフ」とは20世紀初頭にかけてウォール街で活躍したユダヤ系の米国人銀行家である。会長として投資銀行クーン・ロエブ&カンパニーを率い、鉄道王ハリマンの買収合戦を支援するなど米国の資本主義を築いた。

 シフの名前を世界中にとどろかせたのは日露戦争だった。ユダヤ人を排斥したロシア帝政を憎んだということもあったが、高橋是清から日本兵の士気の高さを聞いたシフは二つ返事で日本の将来に張った。

 明治政府は当初、日露戦争の戦費調達先として欧州を当てにしていたが、東洋の新興国の勝利を信じる投資家は皆無。窮地にあった日本に手を差し伸べたのがシフで、明治政府の発行した戦時国債を引き受けると世界中のユダヤ・ネットワークに売りさばいた。

 終戦後、明治政府から招待を受けたシフは初めて日本の土を踏む。シフが記した「われわれの日本紀行」によると、明治天皇はシフに手を差し伸べて「直接会って礼を言うことができてうれしい」と謝意を述べたという。シフは日本のファンとなって帰国し、クーン・ロエブは東京都債を引き受けるなどして、引き続き日本の対外ファイナンスを支えた。

 ◆外債発行が視野に

 日本がシフに救われた時代から1世紀がたった。大きな公的債務を抱えて長期の低成長に陥る先進国病が「ジャパニフィケーション」(日本化)と呼ばれるようになり、ウォール街の対日観は百八十度変わってしまった。

 ワシントンのシンクタンク、米経済戦略研究所を運営するクライド・プレストウィッツ代表は「死にかけている」と日本経済の先行きに悲観的だ。高齢化による人口減に歯止めがかからず、貯蓄率が低下し、国の稼ぐ力が揺らいでいる。なのに、政策不在の政権交代が続く。

 過去20年間で14人の首相。日本の政治は売買を繰り返すヘッジファンド顔負けの短期志向だ。日米経済摩擦が真っ盛りだった1980~90年代に「日本脅威論」の論陣を張っていたプレストウィッツ氏は今や衰退論者に衣替えした。

 米プライスウオーターハウス・クーパースが発表した「震災後の日本に関する世界の最高経営責任者(CEO)意識調査」によると、日本で事業展開する海外企業の6割が「長期的に(日本の)国際的競争力が低下するのではないか」とみており、回答者の大半が、「政府の安定とリーダーシップ」を求めている。

 久々の外債発行が視野に入ってきたが、「規制だらけで不透明」(ニューヨーク証券取引所で国際事業を統括したジョージ・ウゴー氏)と対外評は低空飛行を続けており、焼け石に水の増税だけでは「Xデー」までに資金ショートする。国家IR素人の日本政府に、果たして「シフ」は見つかるのだろうか。


                                 (まつうら はじめ)