【国際情勢分析 川越一の目】
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111002/chn11100212000001-n1.htm
中国南東部の広東省陸豊市の市庁舎前で、当局による土地収用に抗議する農民たち。横断幕には「官僚と業者が結託して違法に農民の耕地600ヘクタールを奪った」などと書かれている=23日(ロイター)
中国東北部の遼寧(りょうねい)省大連(だいれん)市で、市民デモを受けて市トップの唐軍(とうぐん)共産党委員会書記(49)が化学工場の市外移転を約束したことは記憶に新しい。その同じ中国東北部で、今度は吉林省の省都、長春市の崔傑(さいけつ)市長が、中央政府から老百姓(一般市民)に公式に謝罪するよう命じられるという事態が起きた。今回、問題となったのは、中国全土で頻発している土地の強制収用に関わる事案だった。
「暴動は官僚の責任」
中国では都市の再開発が急ピッチで進められているが、法律で定められた立ち退き補償金の基準は極めて低い。立ち退き前と同じ水準、条件の住宅を購入できない住民が反発し、居座るなどの抵抗をするケースがしばしば起きている。2008年4月には、福建省泉州市洛江区で、区政府による土地の強制収用に抗議するため、住民が焼身自殺し、大きな話題になった。
中国政府は今年1月、土地収用と補償に関する新規定を公布。取り壊し前に住民を立ち退かせるために、暴力的、強制的な手段を用いることを禁止した。水道や電気を遮断するなどの“嫌がらせ”も禁じられたが、公権力による土地の強制収用は止まず、中国最高人民法院は9月上旬、公式サイトに「土地収用、家屋取り壊しの強制執行を要因とする悪性事件の防止に関する緊急通達」を掲載した。通達は、土地の強制収用によって、住民と政府の対立が激化し、暴動に発展した場合には地方官僚の責任を追及すると明記している。
がれきで窒息死
共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報(英語版)によると、監察省、国土資源省、住宅都市農村建設省などは通達に呼応する形で、このほど、共同で声明を出し、今年上半期に発生した11件の“違法”な強制収用に関する調査結果を公表した。それによると、今年上半期だけで57人の地方官僚が規定違反で処罰されたという。また、現在、31人について調査中としており、処罰者がさらに増える可能性が高い。
共同声明によると、調査対象の11件のうち6件が違法な取り壊し。残る5件は規定には沿っているものの、“暴力的な手法”を用いたことが問題視されている。
その一つが、今年3月、長春市で起きたケースだ。地方政府と住民が、立ち退き及び補償に関し、合意に達していなかったにもかかわらず、地方政府の下請けの不動産開発会社に雇われた数百人の作業員が、建物を無理矢理、取り壊したという。
その際、48歳の女性ががれきの中に生き埋めになった。女性は携帯電話で警察に4度、救出を求めたが、警察が現場に到着したのは通報から50分が経過した頃だった。女性の親戚は、崔市長が設置していた“公共ホットライン”にも電話をかけたが、応答はなかったという。ようやく現場に駆け付けた警察官は当初、不動産開発業者側の「中には誰もいない」という言葉をうのみにして、捜索さえ拒否したというから、あきれるほかはない。結局、女性は窒息死し、2日後に遺体が収容されたという。
法を無視する地方政府
国営新華社通信は「(調査対象となった)11件は人的被害が出たことから、関係省庁の関心を引いた。中国全土では、さらに多くの強制収用が行われており、それらは(人的被害が出ていないため)処罰されていないだけだ」と指摘。多くの地方政府が土地の売買による経済的利益に目がくらみ、法や規則を無視しているのが現実だ。
新華社は「急速な都市化で立ち退きや土地の売買が劇的に増加した。違法な取り壊しを抑止するために、違反者に対しては、さらに厳格かつ広範囲な処罰を下すことが必要だ」と主張している。違法な取り壊しを野放しにすれば、住民の不満や怒りが膨らみ、制御不能な大規模抗議行動に発展しかねない。地方政府は自分の首を絞めていることに気づいていないのか…。
(中国総局 川越一)