これ以上「脱落」させてはいけない。
福島県白河市の山の中を進んでいくと、突如、船の絵が描かれた工場が現れた。
敷地内で山菜が採れるというA社は、およそその立地からは思い浮かべられないような船舶用機器を製造している。海上自衛隊の艦艇や潜水艦向けの装備品も製造する防衛産業の企業である。
同社が製造する燃料の液量計測システムは、国内だけでなくヨーロッパに向けても販売している。その安定した民需があるために、利益が少ない防衛部門も、言ってみれば「お付き合い」で継続してやってこられた。
防衛関連企業はどこも同様だが、こうした関係は何かのきっかけで崩れやすい。企業に余力がなければ、とてもやっていけないからだ。
億単位の費用がかかる試験設備の更新
そんなA社に3月11日の大震災が襲いかかった。
「少なくとも3000万円ほどは復旧にお金がかかりそうです」と、社長は肩を落とす。
このことが、同社が請け負ってきた潜水艦の調理機器製造について「撤退」を決心させることになった。ちょうど試験設備の更新時期が迫り、今後どうするかを考えあぐねていたのだ。
設備の更新には億単位の費用がかかる。現在、使っているのは1966年製の年季が入った代物で、騙し騙し使っている状況だったという。
調理機器と簡単に言っても、極めて特殊なものだ。潜水艦の中にある装備品はどんな厳しい環境にも耐えなければならない。大雑把な表現をすれば、大きなハンマーで何回叩いても壊れないくらいの強度が必要とされるのだ。そんな機器は、潜水艦以外ではまず必要とされない。狭い艦内に収まらなければならないことや、直流電源であることなども普通の物と全く違う。
日本の潜水艦はこれまで年に1隻が退役し、1隻が建造されるペースだった。高度な技術を要する潜水艦の製造は、職人の技の継承のためにも連続性が必要だったのだ。しかし、2009年度に予算が付かず製造が1年空いてしまった。
今までは年に1隻の受注のために莫大な設備投資をしてきた。そんな余裕がないと悩んでいたのに、1年の空白までできてしまった。その時点で、すでに「撤退」の可能性が濃厚になってきていたのだ。
神戸から届けられた自転車
そんな折に地震は起きた。潜水艦部門からの撤退は決定的となった。
「いい会社が引き受けてくれれば・・・」
今、「せめて」ということで、関係者と一緒に引き継ぎ先を探すことまでしているという。被災して、そんな心の余裕もないはずだと思うが、そこまでさせる「情」が、この世界にはある。
ふと見ると、事務所の中になぜか自転車が2台置いてあった。
「震災直後にどうしても部品を納入する必要があって、納入先が取りに来てくれたんです。その時に慰問品まで持ってきてくれて・・・」
部品を取りにやって来たのは、潜水艦のプライム企業である三菱重工だ。納期遅延を起こさないよう、震災直後の悪路をはるばる神戸から来てくれた。
部品を輸送するためのトラックが着くと、そこにはたくさんの水や食糧、生活用品が積まれていた。その中には自転車もあった。三菱重工神戸造船所は阪神・淡路大震災を経験しており、被災した時に何が必要なのか、どんなことをしてほしいのかをよく知っていたのだ。
震災のダメージで気落ちしていたA社に、明るさが戻った。送ってもらった自転車は「なんだか、もったいなくて・・・」と、まだ綺麗なまま置いてある。
その自転車は、A社が自衛隊やプライム企業と情を通わせ、共に歩んできた歴史を物語っているようでもあった。
政府は防衛関連企業の支援を
国防にはチームワークが欠かせない。
潜水艦の建造には、1隻につき1000社以上の企業が関係していると言われる。志あって継続してきたものの、こうしてやむなく撤退する企業は後を絶たない。調理機器は氷山の一角だ。防衛上の重要部品も例外ではない。
「仕方のないこと」なのかもしれないが、国としての損失は大きい。日本の防衛は、自衛隊だけではなし得ない。米軍の力はもちろん、国民の協力が欠かせないからだ。
その国民の代表例が、こうした関連企業だと言える。1つの装備品に数千の企業が関わり、手を携えていく。
国産を志向すれば、経済活性化のメリットもある上、優秀な技術者を保持することができる。一方、国内技術の育成をせず輸入に頼れば、その状態は未来永劫続き、資金と技術は国外に流出するばかりだ。
国の防衛力や経済力の強化は、短兵急には結果が出ない。武器輸出三原則を見直して企業を元気にするといっても、これまで「籠の鳥」でがんじがらめにしていたものを、いきなり大海に放り出すような荒っぽい真似はいただけない。国もバックアップ体制を構築するなどの、それなりの覚悟と支援があってほしい。
そのためには、ある程度の支出も必要になるだろう。今、多少の無理をしてでも投資をすることで将来の日本の力を醸成するのか、それとも財政難を理由に将来に禍根を残すのか、賢明な判断をしなければなるまい。