【新聞に喝!】大阪市立大学副学長・宮野道雄
この度の台風12号は、現在の日本の状況を映すがごとくノロノロと進み、紀伊半島を中心に記録的な豪雨による甚大な被害をもたらした。東日本大震災の被災地を直撃しなかったことはせめてものことといえるであろう。戦後の台風災害の中でも最大の被害を出したのが、昭和34年の伊勢湾台風である。その被害の大きさにより翌年から9月1日(関東大震災の発生日にちなむ)を「防災の日」と定めた。
このころは、暦の上では二百十日にもあたることから、国民が台風、高潮、津波、地震などの災害について認識を深め、これに対処する心がまえを準備することを目指して創設されたものである。国民の災害への認識を深める目的に、新聞がどれほど寄与しているかを確認するために今年の「防災の日」の主要紙を比較した。
朝刊では、読売は省庁・企業の首都直下地震への対応やゲリラ豪雨を、朝日は教育委員会アンケートに基づく防災教育のほか防災への心構えを、毎日は東日本大震災からの教訓を、産経は東海・東南海・南海の3連動地震への備えを、それぞれ特集などで取り上げていた。
一方、各紙とも夕刊では1面にその日に行われた防災訓練などを報じた。今年は東日本大震災の発生により西日本を中心に津波対策に重点が移り、政府は首都直下地震を想定した総合防災訓練を行ったとされている。
東日本大震災における津波被害のすさまじさを目の当たりにして、一般の人々の意識が津波対策へ移るのは仕方のないことだとしても、多くの自治体が一斉にその方向へシフトすることには危惧を覚える。16年前の阪神大震災の後は内陸の大都市直下型地震ばかりが注目され、津波を想定した訓練はほとんど行われていなかった。戦後の福井地震のあとから阪神大震災を引き起こした兵庫県南部地震までの約50年間に100人以上の死者を日本で出した地震は3件で、そのいずれもが津波によるものであったにもかかわらず、である。
新聞は、目の前の出来事を報じるだけでなく、そのことの是非について言及すべきであるのはいうまでもない。防災や減災についていえば、わが国は地震、台風、火山活動など多様な災害が頻発する環境にある。日々の生活に追われて災害への意識の薄れがちな一般の人々に対して、新聞は過去の報道の蓄積の中で、常に先を読み、注意を喚起するとともに、国や自治体に対してもその対策の是非を指摘すべきと考える。
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【プロフィル】宮野道雄
みやの・みちお 昭和25年東京都出身。東京都立大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。平成9年大阪市立大学教授。22年4月から現職。