野田新首相、憲法と綱領を語れ!! | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








【正論】防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛 





呆(あき)れるほど長年にわたった自民党政権は、最後の3年間に3人の首相を必要とした。自民党的統治の耐用年数が尽きていた証拠だった。他方、政権党となった民主党は最初の2年で2人の党代表を使い潰した。これは耐用年数の問題ではない。指導者人材の問題である。なぜか民主党は、「身体検査」上の問題を抱えた人物を2人も続けて首相にしてきた。

 過去2代の民主党首相は、政治的能力もひどく貧弱だったが、「政治とカネ」、いや「政治家と特殊なカネ」の問題で野党と世間の追及に曝(さら)されどおした。日本の政治にとり不幸なことだった。事柄は政治以前の問題なのに、それが重要な政治問題であるかのように扱われてきたからである。

 ≪政治本来の問題に専心せよ≫

 その民主党に今回、野田佳彦代表が誕生したことは、いささかホッとさせる。「政治家と特殊なカネ」という政治以前の問題に国会が精力を傾注する不幸が減るだろうからだ。党代表候補の名乗りを上げていた別の人物が選ばれていたら、その不幸がまたも繰り返される気配は濃厚だった。頼むから国会よ、政治よ、9月からは政治以前のではなく、政治本来の問題に専心してくれないか。

 政治本来の問題とは何か。党代表の座を争った候補5人は災後復興、財政経済、エネルギー政策、社会保障、政局運営など多岐にわたり所信を語った。いずれも政治本来の問題ではある。が、すべて内政領域に属する。テレビや新聞などを精査したが、外交・安全保障の議論はミニマムだった。しかも、5人が「日米安保が基軸」を唱和した。これはいわば本の表題を読み上げただけのこと。せめて目次ぐらいは見せるべきだった。目次があるとしての話だが。

≪基本問題先送りしてならぬ≫

 より大きくいえば、外交安保論を加えても、政治本来の問題を論じ尽くしたことにはならない。各論的な内政・外交課題の基盤が放置されている限りは。具体的にそれを国政についていえば憲法秩序、民主党については党綱領の問題である。この2種の基本問題は今回の代表選で完全に無視された。あたふた劇だったからやむを得ないとの弁護論もあろう。ならば訊ねる。あたふた劇以前および以後に、両問題が民主党重要人材の脳裏の一隅を占めていたか。

 私の観察では「ノー」だ。指摘されて、完全忘却していたことに気付くのではないか。政権担当の2年間、民主党の憲法改正論議は事実上休止していた。「急いで手がけるには及ばない」が理由だ。党綱領問題は約半年前、党幹事長の「内外の問題山積のいま、議論している余裕はない」発言でストップ。ともに先送り主義で、そのうちに問題意識自体が消えた。

 「山積する難問への対応で手いっぱいなので」との言い訳の下、両基本問題を先送りするのは正しいか。冷酷に言おう。日本の惨状に照らして、難問山積状態は長く続く。そういう窮状下でも、いや窮状下だからこそ、基本問題の忘却はあってはならない。現下の惨状、窮状は基本問題の先送りと関係なしとはしないからだ。

 私見では、日本国憲法は平和憲法というより、「安全神話」憲法である。「安全神話」に頼った結果、昨秋来、東シナ海、日本海、北方水域で「想定外」の事態が続発した。この一事に照らしても、憲法問題はリアルな意味を持つ。

≪平和憲法でなく安全神話憲法≫

 党綱領問題はどうか。野田氏は代表選出直後、「私は民主党が大好きだ」と語った。慶賀に堪えない。で、訊ねたい。「大好きな民主党って、どういう党なの?」。答えに窮しまいか。国民が民主党について知っているのは「国民の生活が第一」のマニフェスト(政権公約)と、不思議、不可解な党内人間関係だけではないのか。

 マニフェストは「(長くて)4年間の約束」に過ぎず、約束が拠って立つ思想的基盤は不明だ。思想的基盤たる党綱領が示されて初めて、国民に公約の真の意味が分かる。4年はおろか2年未満で有権者が民主党離れした大きな原因は、この党が党綱領という自己像を世間に隠し続けたことにあろう。この党は自分が想像していたのとは違うらしいという訳だ。

 私は今回の野田新代表の選出を、与えられた条件の下で民主党国会議員がベストの選択をしたものと評価する。しかし、祝意を表することはいまは控える。なぜなら、新首相を待ち受けるのは間違いなく長い茨(いばら)の道だからだ。焦眉の難題が山積している。七転八倒は不可避だろう。「雪の坂道を下から雪だるまを押し上げる」覚悟を語った新首相には、祝意に代えていまは次の注文をつけよう。

 悪戦苦闘ながらも、山積する眼前の難題の克服が自分の責任の全てだと思うな。「国民の生活が第一」とは次元を異にする「ハイ・ポリティックス」の問題があることを片時も忘れるな。憲法問題、党綱領問題、外交・安保問題は結局のところ「国民生活が第一」に深いところで繋(つな)がっている。最高指導者がそれを理解しないでどうする。だから「急がば回れ」。


                                  (させ まさもり)