【宮家邦彦のWorld Watch】
今週はイスラエルのテルアビブに来ている。成田出発前の18日に同国南部エイラートで路線バス銃撃事件が起きた。パレスチナ武装勢力との交戦激化も懸念されたが、幸い非公式休戦に合意したらしい。エルサレム周辺や西岸地区は予想以上に平穏だった。
CNNは連日リビアのカダフィ政権崩壊関連ニュースを朝から晩まで報じている。昔アラビア語をカイロで学んだ筆者がイスラエルから眺めると、画面に映るトリポリ民衆の歓喜は次なる大混乱の前兆にしか見えない。イスラエルのネタニヤフ現政権が沈黙を守るのも当然だろう。
エルサレム市民の関心はリビア情勢よりも、足元の不動産価格や生活費の高騰だ。6日には全土で政府に経済改革を求める30万人規模のデモ行進が起きた。現地の友人とも話したが、イスラエル史上最大の抗議行動なる報道は決して誇張ではないようだ。
久しぶりに訪れたエルサレムにも高層ビルが立ち並んでいた。過去10年間の経済成長はめざましいが、同時に貧富の格差も拡大している。特に、西岸・ガザの占領地との経済格差はもはや不可逆的なものになりつつあるように見え、実に悲しくなった。
しかし、今回こちらに来て改めて思い知ったことはほかでもない、中東の「最先端ハイテク国家」というイスラエルの別の顔だった。特に、中国や韓国などが先端技術分野でイスラエルとの協力を水面下で進めていると聞いて危機感すら感じたほどだ。
聖書にも出てくるカルメル山の裾野にあるイスラエル第3の都市ハイファは最近ハイテク産業の中心地としても急速に発展しつつある。今回は時間的制約で行けなかったが、同地の工業団地には世界最先端の研究開発センターがあると聞いた。
イスラエルのハイテク産業は一朝一夕の現象ではない。米国のハーバード大、MITなどの優秀な卒業生を戦略的にリクルートし、小国ならではの小回りの良さを生かして、世界最先端技術を生み出すベンチャービジネスが続々と生まれている。
そのハイファには現在グーグル、マイクロソフトなど欧米の最先端企業だけでなく、中国や韓国の有名大企業もオフィスを構えていると聞いた。前述の研究開発センターには10人ほどの韓国人が働き、詳細は不明だが中国企業も精力的に活動しているという。
これに対し、ハイファにおける日本企業の存在は全く見えない。イスラエル全体でも現在進出している日本企業はわずか7社だと聞いて耳を疑った。特に、ハイテク分野での中国や韓国との格差が拡大しているという。これで本当に大丈夫なのだろうか。
現地で話を聞くと、今のところ中国や韓国の企業は目立たないが、同時にアラブ諸国との関係もあまり気にしていないようだ。今や歴史となりつつあるアラブボイコットの呪縛よりも、イスラエルとの取引から得られる実利の方がはるかに大きいということなのだろう。
特に、中国が米国から入手できない最先端汎用(はんよう)技術をイスラエルから得ようとしていることは公然の秘密だ。こうした状況が続けば、ハイテク分野だけでなく、地政学的にも、いずれ日本が弱体化していくのではないかという懸念はいずれ現実になると確信した。
中東和平プロセス停滞の責任の一端がイスラエルにあることは否定しない。アラブ・イスラム諸国との伝統的友好関係を維持することも当然だ。しかし、ハイテク分野の世界的趨勢(すうせい)を考えれば、日本も官民で対イスラエル関係を静かに、かつ戦略的に見直すべき時期ではなかろうか。
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【プロフィル】宮家邦彦
みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。安倍内閣では、首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
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