【三輪山を隠してしまうのですか。せめて雲にだけでも心があってほしい。雲よ、どうかその山を隠さないで。】
天智六年(667年)、都は奈良・明日香から近江へと遷りました。
朝鮮半島の白村江の戦いに敗れた日本は、万一の追撃に備え、都を遷したという説があります。すべての人々はこの遷都を悲しみ、運命を呪いました。自然と共に生きる万葉びとにとって、山は特別な存在。特に美しい三輪山は魂のよりどころだったのです。
明日香から近江へと旅立つ道のりで見る三輪山は、万葉びとが明日香との別れを心に刻む、最後の時だったのでしょう。
自然の万物すべてに魂があり、心を持つとされていた、万葉の時代。三輪山を覆い隠す雲の心に呼びかけたこの歌は、人と自然は「心」をもって通じ合う、という当時の自然観から生まれたのでしょう。
校訂原典
三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝 可苦佐布倍思哉
現代語訳
三輪山をこのように隠すのか。せめて雲だけでも心あってほしいものを。隠すべきではない。
脚注
1)人間に対して雲だけでも。
2)ナモの訓もある。
3)強い否定をともなう疑問。
2)ナモの訓もある。
3)強い否定をともなう疑問。
〔資料協力〕講談社文庫 万葉集ー全訳注原文付
中西 進
中西 進