「戦争美化」という風評。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 








【風の間に間に】論説委員・皿木喜久

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110818/edc11081803010000-n1.htm



これはもう「風評被害」だ。といっても原発事故による放射性物質をめぐる「風評」の話ではない。

 今、教育界の関心事のひとつは、来春から使われる中学校教科書の採択問題である。とりわけ横浜市の教育委員会が市立中学校149校の歴史と公民用として、育鵬社の教科書を採択したことは大きなニュースとなった。

 育鵬社の教科書は、従来の歴史教科書を批判して平成14年から発行されている扶桑社のものを継承している。それが400万都市の横浜で一括採択されたからである。

 だが採択までの道は平易ではなかった。育鵬社版と、やはり歴史教育の改善を求めるメンバーらが執筆した自由社の教科書の不採択を求める運動が全国で起きた。

 言い分は「日本の侵略や植民地支配の加害を直視しない」などといったものだ。運動の中では「戦争の美化」「戦争賛美」という言葉が躍った。しかし両社の教科書を読めば、まるで見当違いの批判であることがわかる。

 両教科書の主眼は、それまでの歴史教育が、特に戦前の歴史についてあまりにも自虐的、否定的に教えてきたのを改めることにあった。

 だから育鵬社版では「戦争初期」には「東南アジアやインドの人々に独立の希望を与えました」などという肯定的面も記述している。これはすでに多くの史家が認めていることである。一方では植民地支配の実態にも触れており、どう読んでも「美化」などしてはいない。

 横浜市では教育委員がこうした根拠のない批判をはねつけた。だが事前に育鵬社などの教科書を評価する声が多かったばかりに、不採択運動の攻撃を受けたところもあったという。沖縄県の石垣市などの「教科用図書八重山採択地区協議会」は、県教委が委員追加を求める「介入」を行い採択決定が延期された。

 原発事故では科学的根拠のない放射性物質の恐怖が独り歩きし、モノが売れなくなり、観光地に人が来なくなった。そんな「風評被害」によく似ている。いやこちらは「風評」を巧みに流す、もっと悪質な政治闘争と言っていいかもしれない。

 教科書をめぐる「風評被害」は30年近く前にもあった。

 昭和57年6月、各マスコミがその年の歴史教科書の検定で、戦前の日本の中国への「侵略」が「進出」に書き換えさせられたと報じた。実態は、当時の文部省記者クラブが膨大な冊数の教科書を分担して調べていたための誤報だった。1社の誤った情報を全社が信じたのである。

 だが当初マスコミ自身がこれを認めなかったため、誤報が「風評」となり独り歩きする。中国や韓国の抗議に対し、当時の宮沢喜一官房長官は「検定は近隣諸国に配慮する」と、今に禍根を残す談話を発表した。「風評」が国をも誤らせたのだ。

 このとき真っ先に「誤報」を指摘したのは、渡部昇一氏が月刊誌『諸君!』に書いた「萬犬虚に吠えた教科書問題」という論文だった。

 「萬犬…」は言うまでもなく「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」という諺(ことわざ)のもじりである。一人がウソをつけば聞いた者が皆、それを真実として広げるといった意味だ。

 歴史教科書問題にしても放射性物質の問題にしても、人間の愚かしさの典型である風評被害をこれほど的確に言い表した諺は、ほかに見当たらない。