【世界のかたち、日本のかたち】大阪大教授・坂本一哉
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110813/stt11081303360000-n1.htm
マニフェストは「国民からの命令書」と思って読んでもらいたい。一昨年秋の政権交代直後、民主党新内閣のある大臣は、自分の部下となった官僚たちにそう訓示した。
マニフェストが実際に官僚たちへの「命令書」になるには、そこに掲げられた政策を国会で法律にする必要がある。その意味で大臣の訓示には、やや勇み足があったかもしれない。ただマニフェストの実行を国民に約束して政権を獲得した民主党にとっては、たしかにマニフェストそのものが政権運営に関する国民からの「命令書」になるだろう。
その「命令書」の一部が実行できない、と民主党が音を上げている。先日(4日)民主党は、自民、公明両党との間で、マニフェストに掲げた子ども手当政策を今年度限りで廃止することに合意した。合意の前に岡田克也民主党幹事長は、この政策に関し政権交代前の民主党の認識に甘さがあったことを認め、文書で謝罪までしている。
政権与党が選挙中に約束した政策を結果的に実行できなくなる。それはとくに珍しいことではない。
しかしこの子ども手当の問題を軽く見過ごすわけにはいかないだろう。2つの理由からである。
まず子ども手当は、一昨年の衆議院選挙における民主党マニフェストの中で最大の目玉政策だった。当初の計画によれば、今年度からは年間約5・5兆円の巨費(ちなみに今年度の防衛費は約4・8兆円)を投じて、中学生までの子供1人当たり年間約31万円を給付。「社会全体で子育てする国」をつくるという理念を推し進めるための基盤政策にするはずだった。
まさに「国民の生活が第一」と訴えた民主党の看板政策であり、この看板に期待して民主党に一票を投じた有権者も少なくなかっただろう。そうした人たちにとって、廃止は重大な「命令書」違反であり、容易には納得しがたいはずだ。
仮にそうした人たちが納得するとしても、もう1つ大きな問題が残る。もし民主党が「命令書」の根幹部分を実行できないのなら、いまの民主党政権はいったい何のためにあるのかという問題である。
よく言われることだが、民主党は政策理念や主義主張が必ずしも一致しない人々が、政権交代実現のために集まった政党という性格が強い。いまだに政党綱領を持たないのもそのことに関係があるのだろう。
政党綱領を持たない民主党にとってマニフェストは、政権交代という目的を実現した後の民主党が何のために存在するのかを示す理由書のようなものでもある。その「存在理由書」が曖昧になれば、民主党が1つの党としてまとまっている理由がわかりにくくなるだろう。鳩山由紀夫前首相が子ども手当廃止について「魂を売り飛ばしてはならない」と強く批判するのも、そのことを懸念してのことではなかろうか。
いま民主党は国民からの重要な「命令」に違反し、その「存在理由」が曖昧になりつつある。このままでは今後の政権運営も迷走し続けるだけだろう。菅首相が退陣した後の代表選では、党の「存在理由」を徹底的に議論し、なるべく早い時期に衆議院の解散・総選挙を行い、国民から新しい「命令」を受け取るべきだと思う。
(さかもと かずや)