【遠い響・近い声】特別記者・千野境子
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110730/plc11073003430009-n1.htm
325億円と25億円。2つの金額は前者が外国人留学生受け入れ充実のための予算、後者が日本人学生の留学推進のための予算という。
うかつにも最近になってこの数字を知り本当に驚いた。日本人学生への支援が外国人の13分の1とはちょっと信じがたい。逆ではないか。
社団法人・KIP知日派国際人育成プログラム(パッカード啓子理事長)に集う東大や早稲田、慶応など13大学の学生ら有志による報告「『国際化教育のあり方』の研究」に平成23年度概算要求額としてあった。
同報告は昨今、若者の内向き志向が叫ばれるが、本当にそうなのか、またそれならば理由は何か、若者たち自身が内外の若者延べ1千人に留学のアンケートを行ったものだ。
調査で分かった目からウロコの事実は他にもある。例えば「留学に行きたいと思うか、もしくは過去に思ったか」には、留学未経験者の86%がイエス、留学に興味のある人は92%にも上り、ほぼ全員である。
ではなぜ行かないのか。問題を抱えていると答えた者は26%。具体的には
(1)資金
(2)卒業・就職時期への悪影響
(3)その他
(4)言葉-
の順となり、巷間(こうかん)言われる「語学が苦手」は大した問題ではないことも分かる。
もし留学支援を100億円(それでも外国人の3分の1)にすれば、留学生は確実に増えるだろう。現実は、外国人の支援対象が国費・私費合わせて約2万3千人、日本人学生の長期派遣は100人。国が若者の内向きを助長しているのである。
いま確かに日本社会は内向き傾向が強い。しかし、それは若者に限らない、もっと広範に国家的レベルで考えるべき課題だろう。
留学を思っても行けない理由として、「一歩踏み出せないから」と答えた若者が28%もいる。時代の空気が凝縮されているようである。
外国を見たいと密航、逮捕も辞さなかった維新前夜の若者たちの例を引くのは大げさだとしても、留学であれ何であれ、やむにやまれず何が何でもと渇望する熱き社会ではなくなりつつあるのだと思う。恵まれた贅沢(ぜいたく)な時代とも、成熟・安定の先進国型社会の性(さが)ともいえる。
だがだからこそ、個人の発意を引き出し、背中を押し、一歩踏み出せるような社会的仕組みや環境作りがますます重要になっているのだ。
皮肉にもかつてはそうであった日本のように、中国、韓国、インドなどアジアの新興国は軒並み留学生を国策として増やしている。
大学生たちが報告書で提言するのは、留学支援予算の格差是正はもとより、留学が就職の不利にならぬよう夏採用枠の拡大や、欧米では一般的なギャップ・イヤー(高校卒業から大学入学、大学卒業から就職までの期間を活用する)制度の採用、短期留学計画の定着などだ。
折しも東大が入学期を春から秋に移すことを検討中という。朗報である。海外大学との交換留学が円滑になる上に、ギャップ・イヤー制度も導入が可能になるだろう。
グローバル人材育成推進会議という、立派な名前の会議も5月に政府に発足している。内向き志向を嘆く前に、官も民も若者の外向き志向促進策を考える方がずっとよい。
なぜなら、これからは人材こそが国富である。そして東日本大震災は日本の政治指導者の劣化ぶりを露(あら)わにしたが、幸い総体としての日本人は潜在力を示しているのだから。
(特別記者)