「海軍秘匿基地」と「聴音壕」 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 







【from Editor】
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110729/trd11072907240001-n1.htm


福岡県糸島市に、大日本帝國(こく)海軍の「秘匿基地」がある。国防思想普及や英霊顕彰、歴史・伝統継承を目的とする防衛省所管の公益法人・福岡県郷友連盟の方々にお誘いを受け、訪れた。「秘匿基地」なる、謎めいた俗称に惹(ひ)かれてもいた。

 正式には第六三四海軍航空隊玄界基地といい、大東亜戦争末期の昭和20年春に開設された。所属部隊は菊水一号作戦に参加。水上爆撃(偵察)機・瑞雲により沖縄周辺の米海軍艦艇に夜間、急降下爆撃を敢行した。一方で、海軍航空史上初の零式水上偵察機による雷撃隊を編成し、本土決戦に備えた。最大の水上機による攻撃部隊にして、最大の秘匿海軍航空隊基地であった。

 海面から飛び立つ水上機であるため、陸上滑走路には頼らない。兵舎にしても民家に数人ずつ分宿させて建てなかった。このため、米軍機から偵察されても、基地であることを秘匿し続けることを可能にし、空爆を免れている。

 とある民家の裏庭にお邪魔すると、数多(あまた)のかまど跡があった。基地「烹炊(ほうすい)所」の煉瓦(れんが)製かまど16基で、1500人分の食事を賄ったという。将兵は食事をここまで取りに来て、それぞれ分宿している民家で食べたそうだ。

 もう一つ、興味深い話を聞いた。近くの竹越(たけのこし)山に「聴音壕(ちょうおんごう)」跡があるという。この聞き慣れない軍事用語にも説明が必要だ。

 大東亜戦争中、帝國は電波探知機(レーダー)の実用配備に逡巡(しゅんじゅん)した。それ故、敵機が空爆を目的にわが国に近付くと、レーダーに代えて、早期に索敵できる機器が必要となった。すなわち、防空見張り壕に備えた超巨大な「バスチューバもどき」を監視空域に向け、マウスピースに当たる部分に取り付けられた「聴診器様器具」に耳を当てて、敵機の爆音を聴いたのである。爆音情報は主に北九州の軍需産業を空襲から守るべく、迎撃を担う陸海軍当局に通報されたらしい。

 ところで、参加者の中に「七つ釦(ぼたん)」の軍服で名高い「海軍飛行予科練習生=予科練」出身の6人(83~86歳)がおられた。5千人以上の予科練を育てた小富士海軍航空隊基地跡訪問のためだった。

 「近くの農家からイモを盗んだことがバレ、夜9時の温(自)習止めから起床ラッパまで前支え(腕立て)をさせられた」

 実演さえ交え、当時の思い出をさも楽しげに語る顔は溌剌(はつらつ)としており、10代のそれに戻っていた。


                             (九州総局長 野口裕之)