屋敷の廊下を駆ける足音で目が覚めた。何事かと夢うつつのまま、菅が半身を起こしたところ、障子ががらりと開いて、血まみれの枝野が駆け込んできた。
「い、いけねえ。組長、出入りだ。じじ自民会が・・・。逃げてくだせえ・・・」と、息も絶え絶えな枝野。
「おい、ど、どうした」と見れば、枝野の右腕がない。腕をすっぱり切り落とされた肩から、どくどくと鮮血が滴り落ちる。
「しっかりしろ。ここで倒れるんじゃねえ。」と崩れ落ちる枝野を抱える菅。「ここじゃ布団が汚れる。」薄情な男である。
寝室から廊下に飛び出ると、刀がぶつかり合う金属音に混じって、手下共の阿鼻叫喚が聞こえる。民主連合の代表組長とは云え、小沢組や鳩山組と内部抗争の最中ゆえ、味方の手勢は少ない。ち、畜生。菅は唇を噛んだ。
向こうから、これも血まみれの海江田が、ふらふらと彷徨うようにやって来た。
「く、組長、もう駄目だ・・・」
「相手は誰だ。谷垣か、大島か。何人で襲って来やがったんだ。」詰問する菅。
「だ、誰もいやあしねえ。お、女がひとり・・・」
ここまで喋ると、海江田はどうっと倒れた。廊下がぬるぬると血に染まる。力尽きたらしい。
「ひ、ひとりだって?」けげんな顔をしたが、取り合えず逃げるしかない。昔からいざとなれば常に逃げてきた。逃げているうちに大親分にまで上り詰めた。菅は慌てて床の間の日本刀を引っ掴み、海江田の死体を踏みつけて、裏手の縁側に走る。
ところが、その縁側沿いの庭で斬りあいになっていた。ドスを手にする着流しの女。対峙する野田が、ぜいぜいと太った肩で息をしている。やや間があって、ええいと野田が刀を振り下ろした。と、その瞬間。女の長ドスが月光にきらめき、野田の首がちぎれ飛んだ。首の抜けた胴体から鮮血が噴水のように吹き出した。
血しぶきの向こうから、着物を真っ赤に染めた女が現れる。
「て、てめえは稲田のお朋!」菅が叫んだ。
「女だてらに単身乗り込んでくるとはいい度胸じゃねえか。そこは褒めてやろう。しかしなあ」と、勿体ぶる。
「谷垣の差し金とは思えねえ。やい、お朋。てめえ、さては組織同士で手打ち話が進んでいるのを知らねえな」
一瞬、勝ち誇った表情を見せた菅に何も答えず、縁側につかつかと上がる女。緋牡丹のお朋と云えば、伝説の侠客だ。恐れをなして腰を抜かし、ずるずると後ずさりする菅。
女は月明かりを背にして、静かに語りだした。
「親分さん、背骨のない組織と手打ちするほど、自民会は腐っちゃあ、おらんとよ。」そして続けた。
「先代の親分さんからペテン師呼ばわりされる貴方なら、とっくにお分かりでしょう。自浄能力のない腐った組織に、この大事なシマを預けるわけにはいかんとよ・・・」
じっと菅を見つめる瞳が憂いをたたえている。
「ひとの命や暮らしがかかっとるばい・・・」
ま、ま、待ってくれと、涙声で命乞いする菅。立ち上がれもせぬまま失禁し、ついでに脱糞した。
女は菅の手から日本刀をもぎ取ると、さっと鞘を払って、大きく振りかぶった。
「死んでもらいばすばい」
鈍い音がして、菅の頭蓋骨がまっぷたつに割けた。血まみれの脳髄が四方八方に飛び散り、大輪の花を描いた