【一服どうぞ】裏千家前家元・千玄室
『徒然草』で名を顕(あらわ)した兼好法師は随筆家であり、歌人で遁世者(とんせいしゃ)であった。今でいう評論家であろう。一五七段に「筆を取れば物書かれ、楽器を取れば音を立てんと思ふ。盃(さかずき)を取れば酒を思ひ、賽(さい)を取れば攤(だ)打たん事を思ふ。心は、必ず、事に触れて来る」とある。とにかく筆をとったら、そこから物が書かれてゆくし、兼好法師が自然に思うことが現実になるという。丁度(ちょうど)、今日の世相を皮肉った如(ごと)き文も多々あって何時(いつ)の時代も同じだなぁと感じる。一二三段に「人の身に止むことをえずして営む所、第一に食ふ物、第二に着る物、第三に居る所なり、人間の大事、この三つには過ぎず」と記されている。衣食住が人間生活に欠くべからざるものと指摘しているのが面白い。自然とともに天地(あめつち)に感謝してこそ、人間は生きる価値があることをいっている。
清少納言の『枕草子』で有名な「春はあけぼの やうやう白くなりゆく山ぎは すこしあかりて 紫だちたる雲のほそくたなびきたる
夏は夜 月のころはさらなり やみもなほ 蛍飛びちがひたる…」。ここでは省略するが、こうした自然界の悠然たる心にひかれて『徒然草』を記したといわれている。
鎌倉時代には栄西禅師(1141~1215年)により禅宗が普及され、多くの禅寺が建立される。ご承知の如く禅宗は自然とともにあり、無の境地に達する為(ため)の参禅弁道なのである。中国へ達磨大師が禅を布教されたのが唐の時代で、その後、六祖の慧能(えのう)禅師によりて確立された。その慧能禅師が悟りを開かれた偈(げ)(仏の教えを説いた詩句)がある。いろいろなエピソードがあるが、ここではその語だけを述べたい。
兄弟子が、「身是菩提樹(みはこれぼだいじゅ) 心如明鏡台(こころはめいきょうだいのごとし) 時時勤払拭(じじにつとめてふっしきせし) 莫使有塵埃(じんあいあらしむことなかれ)」と作った語に対して、慧能禅師が「本来無一物(ほんらいむいちぶつ) 何処惹塵埃(いづれのところにじんあいをひかん)」。そんな程度では心の中の塵(ちり)や埃(ほこり)はぬぐえない。とかく人間は生まれたときは無垢(むく)であり、したがって何ものにもおかされない無の境地をもつのが本来である、と喝破したのである。
人間は分かったような分からぬような、絶えず己の人生の中であっちへこっちへとウロウロしている。自然とともに素直に生きてこそ、人間本来の姿であるのにそれを忘れ理解しようともせず、その場その時に起こる現象にとらわれている。世の中が暗いとか悪いとか、と自分が勝手に決めて己を顧みようとはしない。自己の思い考えていることが正しいとして、他の人の意見を聞いても心の中でせせら笑いしている。
「至道無難(しどうぶなん) 唯嫌揀択(ゆいけんけんしゃく)」(信心銘)の教えがあるが、至道とはあるがままそのままと思ってよい。春夏秋冬、四季は天候如何(いかん)でもちゃんと巡ってくる。ありのままの姿を草木は私たちに見せてくれるのである。こうした教えを素直に受け入れるべきである。とかく何事も自分本位の好き嫌いできめようとし、自分の思いだけで相手のことを思わずにきめつけて自分が良い子になろうとする。こうした現象があらゆるところに害を及ぼしている。
福島原発の事故が風評などが交わえられて近辺在住の方々に大きな迷惑と戸惑いを与えている。皆でそうしたいらぬ風評を退け一日も早い解決のあることを望むのである。
(せん げんしつ)