【衝撃事件の核心】
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110528/crm11052812000005-n1.htm
新宿2丁目ニューハーフクラブ
女性のように美しく着飾った“ニューハーフ”の歓楽街として有名な東京都新宿区の新宿2丁目。実は、多くのニューハーフクラブが、「クラブ」として許可を得ずに営業している。今月中旬、風営法違反(無許可営業)の疑いで摘発され、経営者が逮捕されたニューハーフの老舗「ラ・セゾン」は、20年以上も無許可営業を続けていた。なぜこれまで摘発されずに、営業を続けられたのか。「ニューハーフの聖地」の裏事情を探った。
(西尾美穂子)
胸のあいたドレス 男性客の手が…
新宿2丁目の交番の裏にある雑居ビルの3階に「ラ・セゾン」はある。2丁目では、その名前を知らない者はいないほどの有名店だが、いま、その黒い扉は夜になっても閉じられたままだ。
摘発を受ける前の同店は、多くの客でにぎわっていた。
その扉を開くと、華やかな衣装に身を包んだホステス役のニューハーフたちが迎える。胸元が大きくあいた鮮やかな色のドレス。高級フレグランスの香り漂うストレートヘア。そんな“彼女”たちが、野太い男らしい声をかける。
「あっら~、いらっしゃいませ~。どうぞ、お入りになって」
メークをしているが、大柄でいかにも男性らしいニューハーフ。華奢(きゃしゃ)で、どう見ても女性にしか見えないニューハーフ…。さまざまなタイプの“美女”たちがそろっている。
客の隣に座って、酒を注ぐ“彼女”たちは、女心も男心もよく分かるためか、その会話術は絶妙。4つあるソファ席は男性客だけでなく、女性客でも埋まっていた。
それだけではない。同店では客にニューハーフの胸を触らせる“サービス”もあった。
「きれいなバストだねえ…」。鼻の下を伸ばして、豊かな胸を触る男性客。豊胸手術を施しているのだろうか。別の席では、慣れない客が、おっかなびっくりに別のニューハーフの胸を触っている。
「本物のバストみたいだねえ…」
「許可はとったから安心して」
そんな老舗のサービスは、すべて無許可で行われていた。
風営法では、ホステスが隣席に座るなどの接客サービスをする場合、「クラブ」として自治体の営業許可をとることが必要とされる。ラ・セゾンは、その許可を取らず、「バー」という名目で営業を続けていた。
今月14日、警視庁四谷署に逮捕された同店の経営者、藤井哲也容疑者(51)の容疑は13日午後11時5分ごろ、無許可にもかかわらず、同店でニューハーフの男性従業員(40)に、男性会社員(48)に飲食などの接待をさせたという内容。しかし、店は平成2年の開業当初から許可を得ていなかったとみられる。
同店が開店した当初、経営者は藤井容疑者の叔父だったが、16年夏に経営を引き継いでからも、クラブとしての許可を取らず、営業を続けていたのだった。
1年前に同署の立ち入り調査を受けた際にも、無許可を指摘され、行政指導を受けていたが、藤井容疑者は、それでも許可を得ようとはしていなかった。その一方で、同店の“ママ”には、こう説明していたという。
「許可をとったから営業して大丈夫」
このママは捜査員に対し、「無許可だったとは知らなかったわ。信じられない…」と落胆していたという。
行政指導にも従わず、逮捕されることになった藤井容疑者。同署によると、調べに対して「違反に対する認識が甘く、届け出をないがしろにしていた。逮捕されるとは思っていなかった」と供述しているという。
2丁目にはびこる無許可店、激しい競争
「風俗営業の許可申請は警察署に一度来れば済んだ話なのに…」
ある捜査関係者は首をひねる。しかし、新宿2丁目では、ラ・セゾンにかぎらずクラブとしての営業許可をとらず、営業する店が多い。ある捜査関係者は「2丁目には、クラブとしての許可を取らなくていいという風潮がある」と打ち明ける。
同署によると、新宿2丁目周辺では環境浄化のため、毎月50件ほど立ち入り調査をするが、そのうち無許可営業の店は2~3割に上る。
その原因の1つとみられるのが、風営法などで定める営業時間の違いだ。「クラブ」として許可を得た場合、営業時間は午前1時までだが、「バー」などの深夜営業の飲食店ならば明け方まで営業が認められる。なるべく長く営業したい店側が「うちの店はバーですから」と言い張ることで、少しでも長く客の足をとどめようとしているわけだ。
客には深夜までの仕事を終えた芸能関係者やキャバクラなど風俗店の勤務後に来るホステスらも少なくない。1時で営業が終われば、売り上げが大幅に落ちる。
捜査関係者は「ああいうお店は深夜まで接客するのが売り。ばれるまで無許可で営業して元をとろうとしている店は多い」と話す。
2丁目には、無数のニューハーフクラブがあり、競争が激しい。無許可の違法店もあることなどから、同署でも、正確な店舗数は把握しきれないほどだ。
「厳しい競争を生き抜いていくには、無許可という禁断の果実を食べるしかないんだ」。2丁目に詳しい、ある常連客はこう話した。
無許可でもテレビに出続け…
ただ、同署によると、ラ・セゾンは、明け方までの営業などは行わず、1時で閉店していたという。それでも激しい競争を20年間、生き抜いてきた。同署によると、店の売り上げは月500~600万円。16年夏からの売り上げは計約4億6900万円に上ったという。
1時以降営業しない代わりに、売りにしていたのはリーズナブルな値段設定だった。2時間飲み放題付きで5000円。団体割引もあった。1時間程度で1万円を超える店も多く、中には“ぼったくり”もある2丁目で、この値段は格安だ。
もう1つ、人気を集めたのが1日2回開催されるショータイム。店の中央には小さな舞台があり、ラメ素材の幕が開くと、ステージに露出の多い水着のような衣装のニューハーフが次々と登場した。ニューハーフのコントもあり、ショーの後には、ニューハーフたちがそのままの衣装で、接客した。肌を露(あら)わにしたニューハーフを間近に見て、喜ぶ男性客も少なくなかったという。
メディア戦略にもたけていた。店は無許可でありながら、何度もテレビで取り上げられていたことがあった。元プロボクサーがニューハーフを体験する密着ドキュメントの舞台となったことも。摘発される前にも、店にはテレビ局の収録の予約が入っていたが、経営者の逮捕でキャンセルになっていた。
「あそこはテレビに出過ぎなのよ」
近くでニューハーフクラブを営む“ママ”は、こう眉(まゆ)をひそめた。
届け出先延ばしの悪質店も
相次ぐ無許可営業のクラブに対して、同署などでは、逮捕などの強行手段をとらず、まずは行政指導で改善させるようにしており、ほとんどの店も従っているという。
しかし、経営者を代えながら届け出を先延ばしにして、摘発を免れようとする悪質な店も少なくないという。いったん店をつぶして、また新たな店を無許可で開くなどすれば、摘発も簡単ではないという実情もある。
捜査関係者によると、キャバクラは踏み込んだとき接客しているのが女性で、接客されているのが男性と一目で分かるが、ニューハーフクラブでは、どちらが店側で、どちらが客なのか分からないというケースもあったという。
捜査関係者は「今後はより、厳しく取り締まる必要がある」と話している。