「夕刻の備忘録」 様のブログより。
政府は、自分達が幾つ関連会議を持っているか、どの会議がどの会議の上に立ち、その下の実行部隊は如何なる権限を有しているのか、全く理解していない。その癖、相変わらず口だけは達者である。
複雑を極める関係表を例示して、これら組織の関係を説明せよ、と議員が質問しても、「しっかりやっている」「きちんと機能している」といった書くのも憚る恥ずかしい答えしか出て来ない。担当大臣は明らかに狼狽し、書類を探し、後ろの官僚に助け船を要求し、それでもなお口だけは「大丈夫だ、問題ない」と嘯くのである。
大正の大震災時における後藤新平の言葉を引用しているつもりだろうが、「復旧ではなく復興を!」などと愚かしくも繰り返している。この言葉は、それを発する人間の徳によって、それが適用される地域によって、背景によって、意味が全く違ってしまうのだ。
復興構想会議やら、その下部会議とやらを作って、会議を作ることだけには大忙しで、他のことは目にも入らぬ様子であるが、存在そのものが邪魔であり、存在そのものが巨大な空白である。まさに歩く「政治空白」、空き缶宰相とはよくぞ言ったものである。
★ ★ ★ ★ ★
被災地の人々が欲しているものは何か?
本当に心の底から、取り戻したいと願っているものは何か?
自分の命と取り換えてもいいと、血の涙で念じているものは何か?
それは3月11日、昼食を取っていた、あの故郷の風景である。
微かに聞こえる潮騒の中、何時も通りの顔ぶれで、何時も通りの馬鹿話に興じ、そして何時も通りの道で自宅に帰る。そして家族と夕食を共にする。何の疑いもなく、そう考えていた、あの日の心情である。
あの日のあの時刻に帰りたい。
あの日のあのメンバーでもう一度、食事がしたい。
子供達のはしゃぐ声が聞きたい。
錆び付いた軽四に鞭を入れ、溢れんばかりの魚を運びたい。
被災者が望んでいるのは、復旧である。
あの日を取り戻したいだけである。
「単なる復旧」と蔑まれた、平凡な日常の姿である。
天を突くような防潮堤に囲まれた新防災計画や、ましてやドイツ風の町並みや、エコタウン構想などではない。「単に昔に戻す復旧ではなく」などという寝言は、それを実現出来る力量のある人間のみに許される発言である。復旧も出来ない人間が、復興など出来るはずがない。今日の、明日の暮らしの復旧すら支援出来ない政府が、絵空事の復興計画などを繰り出したところで、不誠実さが百倍するだけのことだ。
中央からの復興計画ではなく、
地域からの復旧実践こそが必要なのだ。
学者の言葉遊びや、都市実験ではなく、一日も早く地に足の付いた日常を取り戻すことこそが目標なのだ。そして、それは被災者自らが既にやっていることだ。自分達の町や自分達の村のことは自分達で取り戻す、必ず取り戻してみせる、と気力は日々増している様子ではないか。そこに夢想家の入る余地など無いのである。
全く信用の無い、徳のない人間が「復興計画」など唱えたところで、都市計画に絡んだ新たな利権の呼び水になるだけのことだ。
復興を口に出来るのは、本日只今の復旧作業から、この先二十年に渡って、地域に責任を持てる人間だけだ。今日の日の水を、ガソリンを運べなかった政府の言っていい言葉ではない。会議の冒頭から、「原発問題は外す」と宣言するような議長が、口にしていい言葉ではない。絵に描いた餅は、自分一人で食って、喉でも詰めるがいい。
隣接地域の仮設住宅で一時を凌ぎ、その仮住まいでの暮しが精神的に限界に近づいた頃、ようやく住民達は「新しい街作り」に本気で参画する気になるのである。御遺体の回収も終わっていない状況で、何が「希望の丘構想」だ。外の者には瓦礫に見えても、被災者当人には今なお資産である。想い出そのものである。
復興には若い力がいる。復旧は総力戦だ。それは被災地域に限らない、我々日本人全てが関わるべき本当の総力戦である。未来に責任を負えない年寄りの復興話ほど迷惑なものはない。
若者を中心に据えた本物の復興計画は、政府とは別のところで静かに進んでいくだろう。その中心には人徳もあり、先見性も備えた真の知恵者が居るだろう。そうした人達は今、黙って地域の復旧に勤しんでいるはずである。今日を生きることに必死な人々を支え、地道な活動を繰り返して、やがて来る輝かしい未来を訥々と語っているはずである。
国民を「何々計画」「何々実験」の対象としてしか見ない政府は、間もなく国民の手によって、「殲滅ゲーム」の対象にされるだろう。地方選後半戦も近い、我々の意志を示す時が来た。民主党候補者を一人落選させることは、数千万円分の義捐金の価値がある。歩く政治空白の、そのまた手足になるような人間は、この日本に無用である!
複雑を極める関係表を例示して、これら組織の関係を説明せよ、と議員が質問しても、「しっかりやっている」「きちんと機能している」といった書くのも憚る恥ずかしい答えしか出て来ない。担当大臣は明らかに狼狽し、書類を探し、後ろの官僚に助け船を要求し、それでもなお口だけは「大丈夫だ、問題ない」と嘯くのである。
大正の大震災時における後藤新平の言葉を引用しているつもりだろうが、「復旧ではなく復興を!」などと愚かしくも繰り返している。この言葉は、それを発する人間の徳によって、それが適用される地域によって、背景によって、意味が全く違ってしまうのだ。
復興構想会議やら、その下部会議とやらを作って、会議を作ることだけには大忙しで、他のことは目にも入らぬ様子であるが、存在そのものが邪魔であり、存在そのものが巨大な空白である。まさに歩く「政治空白」、空き缶宰相とはよくぞ言ったものである。
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被災地の人々が欲しているものは何か?
本当に心の底から、取り戻したいと願っているものは何か?
自分の命と取り換えてもいいと、血の涙で念じているものは何か?
それは3月11日、昼食を取っていた、あの故郷の風景である。
微かに聞こえる潮騒の中、何時も通りの顔ぶれで、何時も通りの馬鹿話に興じ、そして何時も通りの道で自宅に帰る。そして家族と夕食を共にする。何の疑いもなく、そう考えていた、あの日の心情である。
あの日のあの時刻に帰りたい。
あの日のあのメンバーでもう一度、食事がしたい。
子供達のはしゃぐ声が聞きたい。
錆び付いた軽四に鞭を入れ、溢れんばかりの魚を運びたい。
被災者が望んでいるのは、復旧である。
あの日を取り戻したいだけである。
「単なる復旧」と蔑まれた、平凡な日常の姿である。
天を突くような防潮堤に囲まれた新防災計画や、ましてやドイツ風の町並みや、エコタウン構想などではない。「単に昔に戻す復旧ではなく」などという寝言は、それを実現出来る力量のある人間のみに許される発言である。復旧も出来ない人間が、復興など出来るはずがない。今日の、明日の暮らしの復旧すら支援出来ない政府が、絵空事の復興計画などを繰り出したところで、不誠実さが百倍するだけのことだ。
中央からの復興計画ではなく、
地域からの復旧実践こそが必要なのだ。
学者の言葉遊びや、都市実験ではなく、一日も早く地に足の付いた日常を取り戻すことこそが目標なのだ。そして、それは被災者自らが既にやっていることだ。自分達の町や自分達の村のことは自分達で取り戻す、必ず取り戻してみせる、と気力は日々増している様子ではないか。そこに夢想家の入る余地など無いのである。
全く信用の無い、徳のない人間が「復興計画」など唱えたところで、都市計画に絡んだ新たな利権の呼び水になるだけのことだ。
復興を口に出来るのは、本日只今の復旧作業から、この先二十年に渡って、地域に責任を持てる人間だけだ。今日の日の水を、ガソリンを運べなかった政府の言っていい言葉ではない。会議の冒頭から、「原発問題は外す」と宣言するような議長が、口にしていい言葉ではない。絵に描いた餅は、自分一人で食って、喉でも詰めるがいい。
隣接地域の仮設住宅で一時を凌ぎ、その仮住まいでの暮しが精神的に限界に近づいた頃、ようやく住民達は「新しい街作り」に本気で参画する気になるのである。御遺体の回収も終わっていない状況で、何が「希望の丘構想」だ。外の者には瓦礫に見えても、被災者当人には今なお資産である。想い出そのものである。
復興には若い力がいる。復旧は総力戦だ。それは被災地域に限らない、我々日本人全てが関わるべき本当の総力戦である。未来に責任を負えない年寄りの復興話ほど迷惑なものはない。
若者を中心に据えた本物の復興計画は、政府とは別のところで静かに進んでいくだろう。その中心には人徳もあり、先見性も備えた真の知恵者が居るだろう。そうした人達は今、黙って地域の復旧に勤しんでいるはずである。今日を生きることに必死な人々を支え、地道な活動を繰り返して、やがて来る輝かしい未来を訥々と語っているはずである。
国民を「何々計画」「何々実験」の対象としてしか見ない政府は、間もなく国民の手によって、「殲滅ゲーム」の対象にされるだろう。地方選後半戦も近い、我々の意志を示す時が来た。民主党候補者を一人落選させることは、数千万円分の義捐金の価値がある。歩く政治空白の、そのまた手足になるような人間は、この日本に無用である!