「ありがとう」と感謝の気持ちで水を冷凍庫に入れると美しい形の結晶になり、相手を罵倒しながらだとふぞろいになる。こんな「水からの伝言」をテーマにした道徳教育が一部の公立小学校で行われ、かつて話題になった。
▼天体物理学者の池内了さんは「ウソ」と断じていた。科学の時代といわれながら、超能力や怪しい健康食品など、同じような多くの非合理がまかり通る現代社会に、警鐘を鳴らしている(『疑似科学入門』岩波新書)。
▼茨城県つくば市の職員が、福島県からの転入者に対して、放射線検査を受けた証明書の提示を求めていたことがわかった。すでに福島県民が旅館やホテルの予約を断られた例が報告されている。避難先の学校に通う子供に「放射能が付いている」とはやしたてるいじめなど言語道断だ。
▼福島第1原発周辺で被災した人々に対する、重大な人権問題といえる。前に書いたように、日本人の異常なまでの健康への関心と、「自分と家族さえよければ」の気分が背景にある。
▼加えて、学園都市つくば市で起きたという事実にも注目したい。人口に占める科学者の割合がおそらく日本一高い市の職員でさえ、今の状況で「避難した人から別の人が被曝(ひばく)する」という非合理に気がつかなかった。そもそも、健康に被害が出るほどの被曝は確認されていないのだ。
▼「冷静に」との政府の呼びかけは信用を失っている。ならば科学者の発信に期待するしかない。それを受けてわれわれ一人一人が、池内さんのいう「正しく疑う心」を養っていきたい。放射線をめぐって、日本人が右往左往を続けている限り、海外での風評被害は収まるまい。科学立国の看板が泣こうというものだ。