「ベンチがアホやから野球がでけへん!」。昭和56年8月26日のヤクルト戦で、八回に降板した阪神の江本孟紀投手がベンチから出てきて吐いた“名言”とされる。実は、サンケイスポーツの若手記者だけが耳にした、江本氏の独り言だった。
▼記者から報告を受けた虎番キャップは、江本氏の進退にかかわると判断して、確認をとった。江本氏は「言うたことには、違いない」と潔く認め、首脳陣批判の責任をとって退団する。
▼面白おかしく引用される言葉だが、世に出るまでには、関係者の配慮の積み重ねがあった。それに比べて、軽率としか言いようがない。「10年住めないのか、20年住めないのか…」。福島第1原発周辺の地域について、菅直人首相が官邸で松本健一内閣官房参与と会った際に、語ったとされる。
▼発言が報道されて、怒りや困惑の声が一斉に上がったのは当然だ。何十万人もの住民の生活が、根底から覆されるような深刻な問題である。発信源の松本氏はその後発言を訂正し、首相も否定しているから、真偽のほどはわからない。
▼ただ官邸からは、耳を疑うような発言が漏れてくるのは、これが初めてではない。「原子力について少し勉強したい」「東日本がつぶれることも想定しなければならない」。きれいごとに終始する首相の公式発言に比べて、はるかに首相の資質、人間性をリアルに映し出しているようにも感じられる。
▼「大事件は二度起こる。最初は悲劇、二度目は喜劇として」。ヘーゲルとマルクスの“合作”とされる名言だ。東日本大震災がもたらした悲劇に対して、民主党政権のゴタゴタは、ほとんど喜劇といえる。もちろんそれこそが、日本の悲劇なのだが。