「『ときぐすり』の薬効は? ひらがなで書かれた 手紙の問いかけ」。「ときぐすり」という言葉を、東京都町田市に住む藤森重紀さん(66)から送られてきた詩集で知った。といっても、手元の辞書には載っていない。
▼藤森さんは、5年前に妻の由美子さんに先立たれている。都立高校教諭だった由美子さんは、定年を迎える直前に自宅で倒れ、意識が戻らなかった。前夜遅くまで仕事をする由美子さんのために、藤森さんは煮込みうどんをつくった。それが40年の夫婦の最後の晩餐(ばんさん)となる。子供はいない。
▼ときぐすりは、「時薬」だろうか。確かに時の経過には、悲しみを癒やす効果がある。ただ藤森さんは、悲しみの「風化」であってはならない、とも思う。「ときぐすりは 解き薬かもしれない」。辞書を開くと、慰も詩も寿も、その他たくさんの漢字が「とき」と読める。「一語に一年かけて吟味をすると 十年 わたしは生きねばならなくなった」。
▼東日本大震災の発生から1カ月たった。藤森さんの故郷、岩手県一関市も大きな被害を受けた。何人かの知人は、いまだ行方不明のままだという。帰ってこない母親に、手紙を書き続ける少女がいる。遺体安置所を回って、息子を捜し続ける父親がいる。
▼多くの被災者はいまだ、愛する人の死を受け入れられないでいる。誰よりも、ときぐすりの処方が求められている人たちだ。たとえ薬効が表れるのが、何年、何十年先であろうとも。
▼藤森さんは、何度も自分を責めてきた。妻の思い出にひたり、今も夜更けまで眠れない。それでも藤森さんは語る。「友人の励ましと温かいまなざしすべてが、ときぐすりだったと、気づくようになった」