【土・日曜日に書く】論説副委員長・高畑昭男
「日本の誇る先端技術を地雷除去に生かすために、政府開発援助(ODA)を活用できないか」。世界に先駆けて効率のよい地雷検知システムを開発した東北大学東北アジア研究センターの佐藤源之教授(53)が訴えている。
日本も参加する対人地雷禁止条約(オタワ条約)は1999年の発効以来12年を迎えた。だが、地雷除去活動は思うように進んでいない。世界に残存する対人地雷の総数は7千万個とも1億個とも推定されるが、正確な数は誰にもわからないのが実情だ。戦争や内戦の当事者が無計画に埋設したり、紛争後は埋設情報が失われたりしているためだ。
◆地雷だらけの国土
中でも苦労しているのは、カンボジアである。30年近く続いた内戦状態の中で600万個とも1千万個ともいわれる対人地雷がばらまかれ、世界の推定残存数の約1割にあたる計算だ。2002年に政府が行った調査によると、地雷や不発弾が残存する危険地域は山梨県の総面積に等しい4466平方キロに及び、国内全村落の半数近く(46%)が含まれていた。
地雷除去にはブルドーザー型の大型重機で土地を掘削処理するタイプと、小型の金属探知機を使って丁寧に一つ一つ掘り出していくタイプがあるが、道路が狭くて地盤も軟らかい湿地帯などでは重機型は向かないとされる。熱帯モンスーン気候の同国は湿地帯やジャングルが多く、手作業が中心にならざるを得ないという。
だが、金属探知機にも弱点がある。地表付近に埋もれたクギや空き缶、空薬莢(やっきょう)などの雑多な金属片にも反応するため、いちいち土を掘って地雷や不発弾かどうかを確かめなければならず、処理効率が極めて悪いことだ。
◆画期的な「エイリス」
レーダー技術を専門とする佐藤教授(工学博士)が思いついたのは、従来の金属探知機に地中レーダーを組み合わせて、対象の形状を液晶画面に3次元グラフィックスで描き出す新技術だった。
「金属反応とレーダー画像を併せた二重検知方式(デュアル・センサー)にすれば、地雷検知をもっと手軽に、スピードアップできるはずだ」と考えた佐藤教授は研究室スタッフらを動員して世界でも例のないハンドヘルド型地雷検知器を開発し、「エイリス」(ALIS、先進型地雷イメージ化システム)と名付けた。その経過は07年末に本紙朝刊企画「やばいぞ日本」(12月14日付)の記事で紹介された。
あれから3年余-。長さ約1・2メートル、重さ1・5キロの掃除機のような形のエイリスにはさらに改良が加えられ、大人ひとりで楽に操作ができる。アフガニスタン、エジプト、クロアチアなどで実用試験を積み重ね、カンボジアでは09年春から2台の試作器が実際の除去作業に力を発揮している。
何よりもうれしいのは、作業員が操作に熟練するにつれて地雷とそれ以外の金属片を見分ける識別率が最大80%に達し、効率が着実に改善していることだ。既に約7万平方メートルの土地が地雷の恐怖から解放されて安全な農地となり、住民にも喜ばれているという。
にもかかわらず、開発スタッフを悩ませる最大の問題は、エイリスを製品化して量産するめどがなかなか立たないことだ。現地のカンボジア地雷除去センター(CMAC)や、クロアチアの地雷除去機関などから「早く製品化してほしい」という要請がきているが、完成品はカンボジアの2台しかない。量産できなければ、せっかくの開発の成果をより多くの国々で発揮できないジレンマにある。
同種の検知器は米、英でも開発されているが、いずれも軍用のために簡単には使わせてもらえず、詳しい仕様も非公開という。地雷除去に参加する非政府組織(NGO)などが自由に使える民生品としては、エイリスが実質的に世界で唯一の製品となっている。
佐藤教授の報告によれば、金属探知機部分を製造するイタリア企業と折衝を重ねた結果、製品化する際の1台あたりの価格は200万円程度を見込んでいる。
◆生かしたいODA
50台なら1億円、100台なら2億円で済むとはいえ、一大学の資金力では捻出できそうにない。ODAの中でも途上国のNGOなどを対象とする「草の根・人間の安全保障無償資金協力」のような資金が利用できないものか。
佐藤教授がエイリスの開発を思い立ったのは02年に東京で開かれたアフガニスタン復興支援会議で小泉純一郎首相(当時)が「日本のハイテク技術を生かしたい」と演説したのがきっかけだった。
地雷除去活動は「人間の安全保障」にも直結し、日本にふさわしい平和構築活動だ。そのための先端技術を官民挙げて磨いていきたい。
(たかはた あきお)