【40×40】山田吉彦
2月の根室は寒さが厳しく、海さえも凍る。根室湾とつながる風蓮湖にも厚さ40センチほどの氷が張る。この氷の下に定置網に似た網を張り、氷の一部に穴を開けニシンやコマイを獲(と)る漁法がある。氷下待ち網漁と呼ばれるもので、槍昔(やりむかし)という小さな村が発祥の地だ。村人は、ほとんどが北方領土出身者かその家族である。ソ連軍に追われ無一文で逃げてきた人々は極寒の季節でも漁に出なければ、その日の生活を支えることができなかった。そこで、この氷下待ち網漁を始めたのだ。漁は早朝行われ、湖岸の気温はマイナス10度以下、風が吹く水上の体感温度はさらに下がる。ふぶく日も多い。村人はいつの日か故郷の島に帰れる日が来ることを信じ、過酷な暮らしに耐えてきた。
2月7日、北方領土の日。菅直人首相は、メドベージェフ露大統領の国後島訪問を「許しがたい暴挙」と非難した。同じように思っている国民も多いことだろう。しかし、あまりにも唐突で、あとさきのことは考えていないように聞こえる。わずか2日前、同じ民主党の鳩山由紀夫前首相が、困ったことに「2島プラスアルファという考えが必要だ」などと、2島先行返還論を示唆する発言をしてしまった。しかも、前原誠司外相がロシアを訪問し北方領土返還交渉の土台作りをしようとする矢先だ。民主党内の意思の不統一は、外交を停滞どころか、後ずさりさせている。
針のむしろに座らせられた前原大臣に、北方領土交渉の成果を求めることは酷だろう。ナルイシキン大統領府長官からは「日本側が北方領土問題で強硬な姿勢を取り続ければ領土交渉継続の意味がなくなる」と脅しをかけられ、ラブロフ外相からは、「経済共同開発」の先行という調子の良い要求を突きつけられる始末。民主党の迷走する外交は、ロシアの暴挙に耐え忍んできた人々の気持ちを踏みにじるものだ。奪われたのは4島であることを忘れてはならない。一貫した外交理念がなければ、北方領土返還交渉の進展は望めないのは当然のことである。(東海大教授)