菅首相の外政基本方針。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 






【世界のかたち、日本のかたち】大阪大教授・坂元一哉



菅直人首相は先月20日、民間団体主催の講演会で外政の基本方針を明らかにする演説を行った。一昨年の政権交代以来、民主党の外交・安全保障政策には国民に不安を抱かせるところが少なくない。異例の外交演説は、その解消を狙う意味もあったと思われる。

 演説は、中国やインドなど新興国の国力増大によって世界のパワーバランスが変化する中、いかに国民の安全と経済的繁栄、そして自由や民主主義の価値観を守るかを語るものだった。菅首相はそのために、外交・安全保障政策に5つの柱を立てると言う。第1に「日米基軸」、第2に「アジア外交の新展開」、以下、「経済外交の推進」、「地球規模の課題への取り組み」、そして「安全保障環境への日本自身の的確な対応」の5つである。

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加意欲を語った「経済外交の推進」という柱を除けば、それぞれの柱にとくに新味や具体性があるわけではない。だが、外交・安全保障政策の基本方針としては、どれも妥当で安心できるものだった。奇をてらって、日本外交の基本軸をぶれさせるようなところがなかったのはよかったと思う。

 とくに鳩山由紀夫前首相があれほど強調した「東アジア共同体」への言及がなかったのは賢明だった。この言葉は、聞こえはよいが、意味が曖昧で、外交の言葉としては問題が少なくない言葉である。

 まず、およそ「共同体」という以上はEUのようなものかどうかは別にして、ある種の超国家組織が前提になる。となると、その組織を動かす共通のルールや価値観がいるが、いまの東アジアで、そのことに意見の一致を見るのは至難の業。だから「共同体」の将来像はなかなか見えてこない。

 むろん、この言葉を単に域内諸国間の友好をめざすスローガンとして使うのなら、そのこと自体に反対する必要はないかもしれない。ただその場合、この言葉と日本外交の基軸である日米同盟との関係がよく整理されていないと、この言葉は後者の絆を弱めるおそれがある。

 実際、鳩山前首相は将来的に日米同盟に取って代わるものとして「東アジア共同体」を考えているかのような印象を与えて、同盟関係を揺るがせてしまった。菅首相がこの言葉を避けたのは、国民の不安解消にはプラスだったと思われる。

 他方、不安解消のため演説の中に入れてほしかったけれど、なかったものもある。昨年、尖閣諸島沖で起こった中国漁船衝突事件についての率直な反省の弁である。

 演説では、この事件は「極めて残念な出来事でした」と簡単に片付けられている。だがこの事件は、菅内閣支持率急落の最大要因ではなかったか。いま事件をどう振り返るのか、菅首相の考えを聞きたかったのは私だけではあるまい。

 もっとも菅首相は昨年、事件への政府の対応は適切だったと「歴史は必ず評価する」という「確信」を述べている。演説に反省の弁がないのは当然かもしれない。しかしそれならそれで、どうしてそう確信するのか、きちんと説明すべきではないか。そうでないと国民は、同様の事件には同様の対応が繰り返されるのかと、不安になるばかりだろう。(さかもと かずや)