【くにのあとさき】東京特派員・湯浅博
米国の極秘情報がいまも、内部告発サイトの「ウィキリークス」からポロポロこぼれる。流出した米外交公電は約25万点だというから、なかなか終わりがこない。
世界の首脳たちは、首をすくめていようが、気の毒なのは諜報部員「007」たちだ。内部告発者がパソコンをたたけば、たちまち極秘情報が世界にばらまかれる。凄腕(すごうで)のスパイといえども、これだけの秘密情報を苦もなく入手するのは困難だ。
アナログ時代に生きた米ソのスパイたちは、ホワイトハウスやクレムリンで、体を張って職人芸を競ったものだ。以前、ワシントンで会った旧ソ連の元大物スパイ、オレグ・カルーギン氏にその手口を聞いたことがある。出会ったときは、自身が投資情報ビジネスに転じていたから、昔風にいうと「資本主義の手先」になった。だが、冷戦期の話になると「KGB(旧ソ連国家保安委員会)の作戦はそんなヤワではないぞ」と火を噴いた。
「敵の政府内部に深く潜入して扇動、謀略、転覆をはかることであって、それなくして諜報の意味はない」
だが、ウィキリークスの登場は、007やKGBの息の根を止めかねない。公電の暴露は、米国外交の手法や読み筋がばれて、ひょっとしたら、核ミサイル級のダメージを受けているかもしれない。扇動、謀略、転覆だってあり得る。
暴露公電は、欧米の高官がロシアの体制を「マフィア国家だ」といったとかで、プーチン首相を大いに怒らせた。イランが核開発に成功すれば、サウジアラビアとエジプトが核開発に着手すると警告、という物騒な報告もある。
幸いなのは、米国がもともと「開かれた社会」であり、ヒラリー・クリントン国務長官が「まことに遺憾」と謝ればすみそうだ。だが、これが中国やロシアの「閉鎖社会」だと、体制が一気に崩壊しかねないから、彼らの警戒度は高い。
主宰者のアサーンジ氏がロシアの公文書を暴露し、わが北方四島を卑劣な詐術で奪ったかを世界に流せば、いくらかはマシだ。もっとも、彼がクレムリンや中南海に手を突っ込むとどうなるか。
2006年にプーチン露政権に楯突く著名な人物の怪死が相次いだ。プーチン批判の記者がロンドンで抹殺され、その死の真相を探る元情報将校が怪死した。ウィキリークスもこのリトビネンコ事件の直後に、米国務次官補が殺害はプーチン大統領(当時)の承認を得ていた可能性に言及していたと、流していた。
首脳たちの悪夢は、ソ連崩壊後にテレビCMに登場するゴルバチョフ元大統領の姿ではないか。映像は“ゴル爺(じい)”と孫娘がならんでピザを食べるシーンからはじまる。「孫と食べるピザハット」でそれは終わる。「働かざる者、食うべからず」は自由世界の常である。
強権国家にとって情報ほど怖いものはない。ソ連が崩壊したのは西側情報の流入で大衆が「隣の芝生」を見てしまったからだ。その連鎖であまたの共産国家が崩れたとき、土俵際でしのいだのが中国だった。以来、中国は共産党非難の声は徹底的に取り締まる。正史に逆らう論文掲載の週刊誌は廃刊させ、民主活動家の劉暁波氏は身柄拘束した。
ところが、ネット社会では上手の手から情報が漏れる。中露はデジタル・スパイが大嫌いだ。