“共通の価値”示す郷土の偉業。 | 皇国ノ興廃此一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ 





【消えた偉人・物語】「宮古島の人々」




 以前テレビで、トルコ軍艦エルトゥールル号の和歌山・串本沖の海難事故をめぐる日本・トルコの友好秘話を扱った番組をみたことがあった。明治23(1890)年沈没したエルトゥールル号の船員たちを串本の人たちが救助し、その恩義に対してトルコが95年後の昭和60(1985)年、イラン・イラク戦争でテヘラン空港を脱出できなかった約300人の日本人に航空機を差し向け救出したという話である。

 このエルトゥールル号秘話とよく似た例話が、実はかつて国定修身教科書に載せられていたことがある。それは「博愛」(第4期)、「宮古島の人々」(第5期)というタイトルで取り上げられた話である。内容は、明治6(1873)年、沖縄県宮古島沖で大嵐に遭い暗礁に乗り上げたドイツ商船ロベルトソン号の船員たちを荒波の中、宮古島(上野村)の人々の懸命の救助活動で全員助け出し、後にドイツ皇帝(ウィルヘルム1世)がこれを嘉賞(かしょう)し感謝の意を表して、宮古島に記念碑を軍艦で送り届けたというもの。

宮古島では、この博愛精神を後世に語り継ぐべく平成8年、上野村(現宮古島市上野)に「うえのドイツ文化村」というテーマパークが開設された。同12年にはドイツのシュレーダー首相がここで開催された記念式典に出席し、さらに同18年にはロベルトソン号船長の子孫、ゴスタ・ガールトンさんも感謝の気持ちを伝えるために来村している。

 地元小学校では毎年「博愛の日」を設け、ロベルトソン号にまつわる話を発表したり地域の清掃活動を実施したりするなど博愛の精神を考える機会としているという。

 こうした偉業を伝える話は、どこの地域にも遺(のこ)されているだろう。もし埋もれ消えているとしたら、それを掘り起こし道徳教育に活用してほしいものだ。教育勅語がなくなり価値観が混乱しているといわれる今日、地域に遺された先人の偉業こそ、地域のみんなが誇りに思える“共通の価値”を示してくれているからである。


                        (皇學館大学准教授・渡邊毅)




草莽崛起


       宮古島の「うえのドイツ文化村」にある博愛記念館 (博愛国際交流センター提供)