長引く不況風は、企業の体力も徐々に奪い去っている。そんななか、山形県長井市の小さな鉄道会社が、少しずつではあるが業績を伸ばしている。2年前に公募で誕生した社長が、社員と次々と繰り出すアイデアに、企業再生のヒントが透けて見えたような…。地方、恐るべしである。
小さな鉄道会社は「山形鉄道」で、山形新幹線の停車する赤湯駅から荒(あら)砥(と)駅をつなぐフラワー長井線(30・5キロ、17駅)を運営している。鉄道も単線で、大半が2両編成というプチタイプ。典型的な車社会の山形という環境で、高校生の定期券が大きな収入を占めているため、少子化は他人事(ひとごと)ではない。
そんな向かい風のなか、公募社長が誕生した昨年度の鉄道収入は約1・8億円、今年度は2億円に迫る見通しだ。収支はマイナスだが、なぜこれだけの増収が可能になったのか。野村浩志社長(43)に登場を願った。
野村社長は埼玉県越谷市出身で、大学を卒業後、読売旅行に入った。「自分がだめ社員だったから、人の気持ちがよく分かったと思います」と謙遜するが、山形営業所次長の時は、2千万円の赤字から売上高20億円まで伸ばし、利益も1億円をたたき出した。社長賞にも2年連続輝いた。猛烈な仕事でも、契約を含め50人ほどいた社員はだれも辞めなかったという。
山形鉄道は緊急雇用を含めると42人いるが、「5回もリストラにあった人間、鉄ちゃん、素人落語家…。いろんな人間がいますが、良いところを引っ張り出してあげれば、他の社員も化学反応を起こします」
営業距離の短い鉄道では、関連グッズの売り上げが大きな柱のひとつ。ある朝、ホワイトボードに前日の売り上げを示すと、しらけたような表情の社員もいた。しかし、めげずに、毎日発表させ続けた。
「鉄道の朝礼は点呼が基本ですから、グッズの売り上げなんて不思議だったと思います。ただ、社員全員に、今何が起きて、何が売れているのかを認識させたかった。自分の給料は自分で稼ぐ、という気持ちですね。客を『乗せてやっている』ではだめです」
日増しに朝礼の声は大きくなり、グッズの売り上げは前年比2・5倍ほどに急増している。休日の車内販売で、1日に5万円を売り上げる者もいる。「グッズが欲しく買うんじゃない、おまえの笑顔が良かったからだよ」という客もいるとか。
社内会議も同じだ。最初は、人が何を発言しても反応しない「おかしな会議」
(野村社長)だったという。社長自ら、どんな発言でも拍手をしながら盛り上げると、雰囲気は一変した。「みんなが自分の発言することを真剣に考えるようになった。アイデアも生まれてきた。やっぱり人間は、ほめられるとうれしいものですよ」
小さな発想が、大きく業績につながることもある。無人駅だった宮内駅を有人駅に替えたのも、「駅に行ってだれもいないと寂しいじゃないですか」という、ちょっとした発想だった。
地域のコミュニティーを作るという所期の目的は、若い女性社員の着任で別の方向にも動き出した。
農業高校出身の女性社員は「ウサギ駅長」なる本物のウサギを駅で飼い始めた。名前は「もっちぃ」。ウサギ駅長は多くのマスコミで取り上げられ、大小1200個作ったぬいぐるみも完売。近所のみならず、ウサギ駅長に会いに来る客は多いという。
野村社長はこう言う。「どんな小さなことでも、心から拍手をしてあげる。最初は恥ずかしいけど、笑っているうちに、人間、楽しくなるもんですよ」
ITが我が物顔で歩き、企業も経費節減やリストラで生き残りをかける。だが、最も大事なものは、やっぱり「人」なのではなかろうか。
ウサギ駅長の「もっちぃ」