ゴーストライダー
≪公開時コピー≫拳(フィスト)にチェーン、
魂(ソウル)に正義。
製作国:アメリカ
製作年:2007年
公開年:2007年
【監督】 マーク・スティーヴン・ジョンソン
【製作】 アヴィ・アラッド
マイケル・デ・ルカ
ゲイリー・フォスター
スティーヴン・ポール
【出演】 ニコラス・ケイジ (ジョニー・ブレイズ/ゴーストライダー)
エヴァ・メンデス (ロクサーヌ・シンプソン)
ウェス・ベントリー (ブラックハート)
サム・エリオット (ケアテイカー)
ドナル・ローグ (マック)
ピーター・フォンダ (メフィストフェレス)
マット・ロング (ジョニー・ブレイズ / 青春期)
ラクエル・アレッシ (ロクサーヌ / 青春期)
ブレット・カレン (バートン・ブレイズ)
ローレンス・ブルース (地のグレジル)
ダニエル・フレデリクセン (水のワロウ)
マシュー・ウィルキンソン (風のアビゴール)
ギブソン・ノルティ (スチュアート)
【Zero的評価】 200円
【リピート率】 ★★★
【見所】 なんともモト冬樹にしか見えないニコラス・ケイジのアクション・シーン
【鑑賞本数】 年間:23作目 通算:400作目
【 感 想 】
ニコラス・ケイジは個人的に好きな役者で、多少駄作のニオイがする作品でも、ニコがよければ作品もよいと認識する傾向がある。それにも関わらず「ゴーストライダー」は見ている途中からアホ笑いが止まらなくて、見終わった後にこれほどトホホな思いが残った作品は久しぶりである。
その一方で、ニコ・ケイ株は自分の中ではぐっとあがってしまった。というのも久しぶりである。
余談として、ニコラス・ケイジが大のアメコミ好きで、彼の名前の「ケイジ」はアメコミ作品からとったものである…とか。そして、「ゴーストライダー」という作品の元ネタはアメコミである。ということは、アメコミ好きが高じて出来た作品と推測することは割りと簡単。ではある。
中味としては…ニコ・ケイは満足だろうな。な、出来で、作るほうも作るほうなら、配給するほうも配給するほうで、見せられるほうは苦笑いがとまらない。
ヒーロー性皆無のニコ・ケイがヒーロー映画の主人公を演じても、ギャグにもならない。しかも、見れば見るほど、モト冬樹。若作りするにもムリがある。てばよ。
ストーリーとしては、父の病気を治すこととひきかえに、悪魔に魂を打った男が悪魔の使いっ走りになって、悪を倒すわかりやすい内容。もちろんありがちな安易な自分の行為に悩み苦しんでみたり、魂を取り戻すためになにやら勉強してみたりするのだが…。ニコ・ケイの実年齢を考えると、いやいや、もうあんたそんなことで苦しむほど青くはないでしょうな思いがこみ上げて苦笑が…。
アメコミにありがちな特撮的な見せ場も予算足りてないニオイがぷんぷんでうわーっ。しょぼっ…。
ストーリーも甘ければ、作りも甘くて、どう考えてもストーリー的に尺が足りてないだろう。何ともショボショボな作品。それでも2を予感させるラストに、またやるんかいっなツッコミを。
でも、年甲斐もなく好きなことをやっちゃうニコラス・ケイジの根性はたらまなく好きです。
ドリームガールズ
≪公開時コピー≫夢は永遠に生き続ける
製作国:アメリカ
製作年:2006年
公開年:2007年
【監督】 ビル・コンドン
【製作】 ローレンス・マーク
【出演】 ジェイミー・フォックス (カーティス・テイラーJr.)
ビヨンセ・ノウルズ (ディーナ・ジョーンズ)
エディ・マーフィ (ジェームス・“サンダー”・アーリー)
ジェニファー・ハドソン (エフィー・ホワイト)
アニカ・ノニ・ローズ (ローレル・ロビンソン)
ダニー・グローヴァー (マーティー・マディソン)
キース・ロビンソン (C.C.ホワイト)
シャロン・リール (ミシェル・モリス)
ヒントン・バトル (ウェイン)
ジョン・リスゴー (ジェリー・ハリス)
ロバート・チッチーニ (ニッキー・カッサーロ)
ジョン・クラシンスキー
【Zero的評価】 50円
【リピート率】 ★
【見所】 歌?
【鑑賞本数】 年間:22作目 通算:399作目
【 感 想 】
見る前から何となくイラッと感が漂っていたが、見たらやっぱりイラッした。
ジャンル的にはキライではないものの、派手な見た目と豪華なキャストで表面的な薄っぺらさを感じた。多分おそらく「TINA」を見てしまったから、二番煎じにしか見えなかったのだとは思う。
カーティスは本当にむかつくひどいヤツだけど、「TINA」のアイクのほうがもっとひどくて、ジェームズのおちぶれ方もひどいけど、「TINA」アイクのほうがもっとひどくて、生々しく思えた。
だから、ソフトなフィルターかかっている感じがして、興行成績的には成功している「ドリームガールズ」がむかついた。落とし所がTINAとは異なるから仕方がないにしろ、そんな「美談」では決してないんじゃないかと思う。あくまでも、作り物で現実の話なのはわかっているけれど、だからこそ手加減しちゃいけないと思う。
自分の知らない時代で世界だけど、現実はもっとどろどろした時代で「ドリームメッツ」みたいなグループは山ほどあって、成功も失敗もして、泣きを見たグループは山ほどあって、思い出したくない時代なんじゃないかと。
そういう時代があって今の音楽界や映画界というビジネスがあるんだろうし、そこには口にだせない極悪非道なこともあっただろうし、それをあえてわざわざ魅せる必要はないのもわかっている。
でも、都合のいい所を抽出して、それっぽくまとめてしまっていいんだろうか。
それを信じちゃう人も、信じたい人も、信じない人もいて、だからこそ責任があると思うのに、こんなに無責任にこぎれいにまとめたものを世に出していいのかと。
そして、やっぱり泥臭くて重い現実より、ソフトなフィルターにかけて、派手なキャストと音楽でエンターテイメントに仕上げたもののほうが受け入れられる現実になんとなくうさんくささとイラッと感が増す。
深く考えすぎなのはわかっているし、もっと気楽に見ればいいのもわかってるが、不誠実な感じがして、好きにはなれない。
セイブ・ザ・ラスト・ダンス2
≪公開時コピー≫製作国:アメリカ
製作年:2006年
公開年:未公開
【監督】 デヴィッド・ペトラルカ
【出演】 イザベラ・マイコ (サラ)
コロンバス・ショート
ジャクリーン・ビセット
Ne-Yo
オーブリー・ダラー
【Zero的評価】 200円
【リピート率】 ★★
【見所】 ダンスシーン
【鑑賞本数】 年間:21作目 通算:398作目
【 感 想 】
なんだかんだと青春モノが好きな自分を青いなと思うが、好きなモノは仕方がない。と、自分に言い訳をした上で、さすがにいい年して感は否めない。というのも、演じる側はリアルに思春期でも、作る側と見る側は必ずしもそうとは限らず、そこに存在する年の差というか、時代の差が傍目に見て「あー、やっちまった」な感たっぷりの青臭さが恥ずかしいのだ。
恋もバレエもヒップホップも、どれもやりたいサラは雰囲気が違うだけかと思っていたらやっぱり俳優が変わっていた。未公開だからあまり期待はしていなかったが、メインのキャスト替えはなしだと思う。
前作は低予算臭が漂ってはいたものの、泥臭い青春モノで、青臭い熱気があって出来が良かっただけに、2の薄っぺらさが目立ったようにも思える。音楽やインテリア、キャスティングが洗練されて舞台もスタイリッシュな都会に移ったけれど、何かが物足りない。ストーリーは悪くないのだが、何か上っ面をなでているだけの印象で、心に響くものが少ない。
主人公のサラの18、19歳特有の潔癖さとあふれる自信と視野の狭さなんかは見ていて鼻に付くけど、確かにそういう瞬間は誰にでもある。色々と選ばなければいけないのが、大人の階段ではあるのかもしれないけれど、選びきれないのも現実で、個人的には選ぶことを放棄して、人間的に失敗したクチだけに、悩んだり傷ついたりしながらも選ぶことができるのはうらやましくもあったりする。
この手の青春映画を見ていて時代が変わったと思うのは二者択一の選択以外にも、選択肢が増えたことだと思う。あきらめるという選択がなくなったように感じる。恋もバレエもヒップホップも全部を選ぶという選択肢がありになったことはステキなことだ。その後は安易なものではないのは見えているが…。
最後に一言だけ言わせてもらえば、クラシックとモダンの融合と銘打ったものって、結構しょぼい出来ばえで、そこはまだ課題な気がする。
サルサ!
≪公開時コピー≫ラテンの女神に恋をした
製作国:フランス/スペイン
製作年:1999年
公開年:2000年
【監督】 ジョイス・シャルマン・ブニュエル
【出演】 ヴァンサン・ルクール (レミ)
エステバン・ソクラテス・コバス・プエンテ (チューチョ)
クリスティアンヌ・グー (ナタリー)
カトリーヌ・サミー (レティ)
ミシェル・オーモン
ローラン・ブランシュ (アンリ)
アレクシ・バルデス (フェリペ)
エリザ・マイヨ (フランソワーズ)
オーロラ・バスヌエヴォ (ゴヤ)
【Zero的評価】 200円
【リピート率】 ★★★
【見所】 無難なところで、音楽とダンス。
【鑑賞本数】 年間:20作目 通算:397作目
【 感 想 】
タイトルから勝手に陽気でダンサブルな作品を想像していたのだが、アイデンティファイできない悩める青年のラブ・ストーリーだった。
主人公レミの痛々しさや青臭さにイラついたし、紆余曲折あるラブ・ストーリーに浅さを感じたものの、観終わった後に何かがじわっとやってきて、意外ともやもやが晴れた。
どこの国でも「自分は何者だ」的なことを考える人や年代はあり、尚かつ文化のコングロマリット化が著しい欧米圏では余計に考えはじめたらとまらない思考の一つだろう。
そんな中で生粋のパリジャンでありながらサルサにひかれるレミはきっとどんなクバーノよりも心根はクバーノ。生粋のクバーノから観ればパリジャンの気まぐれに見える行動や言動でも一貫してクバーノであろうという心意気は、詰まるところ、文化や民族だなんだと騒いだ所で、どうするかはその人の矜持次第なのではなかろうか。
日本という島国では今イチ、ピンとこない部分があるが、自分がどこの国の人で、ルーツはどこであるかということは、基本的に大切なことではあるが、実は些細なことで、そんなことでゆらぐこと自体がホントにちっぽけなことなのだろう。
つきつめれば皆、同じ赤い血が流れる人間だということさえ忘れなければなんちゃないことなのだと思う。極論かもしれないが、真理に近いものが提示されている気がする。
期待していた音楽やダンスは物足りなさはあるものの見ごたえは充分。何やかや複雑な背景はあっても、音楽が流れれば体が動き出すのがラテン音楽のいいトコロ。音楽や踊りを楽しめば、イヤなことの一つや二つは吹き飛ぶ。複雑な思考よりもシンプルな行動。それが何よりだ。
「好き」を貫いた先にあるものが、成功や愛とは限らないが、「好き」を貫いた自分がハッピーであれば結果オーライ。そんな単純さが、現代人には必要なのかもしれない。という良くも悪くも楽観的な気持ちにさせてくれるのがラテン音楽だと思って見る。
INNOCENCE
≪公開時コピー≫イノセンス
それは、いのち。
製作国:日本
製作年:2004年
公開年:2004年
【監督】 押井守
【出演】 大塚明夫 (バトー)
田中敦子 (草薙素子)
山寺宏一 (トグサ)
大木民夫 (荒巻)
仲野裕 (イシカワ)
榊原良子 (ハラウェイ)
武藤寿美 (タイプ2052“ハダリ”)
竹中直人 (キム)
【Zero的評価】 1800円
【リピート率】 ★★★★★
【見所】 いろんな意味でのコントラスト
【鑑賞本数】 年間:19作目 通算:396作目
【 感 想 】
「GHOST IN THE SHELL」の続編であることを主張しなかったのがよかったのだろう。
続編としても、独立した作品としても楽しめる。むしろ、単体としてみたほうが面白いかもしれない。
イノセンス・オレンジとでもいうのか、夕焼けのようなオレンジトーンがストーリーに深みを出している。ちょっと青春を連想させる夕焼け色に深読みをしてみたくなる。
気が遠くなるような引用の長セリフ。理解することを脳みそが拒否する。それが一つの演出として成り立つ手腕が凄い。「GHOST IN THE SHELL」以上に観念的な世界観に圧倒。わかろうと努力はできても、わかることは決してないだろう。というスタンスが丁度いいのだろう。
自分のオリジナル・ボディを数えたほうが早いほど、義体化しているバトーだが、手のかかるバセットハウンドを可愛がっていたり、その名前がガブリエルであったり、少佐に思いをよせていたり、外見とは裏腹に人間的な男である。生身の部分が多いトグサのほうがサイボーグっぽいドライなところがあり、コントラストが絶妙だ。
舞台を極東エトロフに移し、展開するイノセンス。おそらく原作がよくできているのだと思うが、近未来ものなのに、夢物語ではない世界観がすさまじい。欧米圏ではなく中国が勢力を握っているであるかのような世界。ハイテクノロジイが進んでいても紙媒体は存在していて、むしろ一部の富裕層のシンボルのようでもある。そういうところが妙に現実的である
めくるめく幻影に何が夢で現実か。むしろそれを区別する必要はあるのか。トリップしているような気持ち悪い心地よさ。思考することをやめ、流れに全身をまかせたくなるような映像は美しすぎる。そういう世界観を作り出すから押井守は恐ろしい。
バトーが「守護天使がついている。といった二重の意味が重い。バトーとガブリエルは「生と死」を象徴しているようであり、バトーと少佐は現実と理想を象徴しているようでもある。結ばれなくても想い会うそんな関係性も悪くない。
攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL
≪公開時コピー≫製作国:日本
製作年:1995年
公開年:1995年
【監督】 押井守
【製作】 宮原照夫
渡辺繁
アンディ・フライン
【出演】 田中敦子 (草薙素子)
大塚明夫 (バドー)
山寺宏一 (トグサ)
仲野裕 (イシカワ)
大木民夫 (荒巻)
玄田哲章 (中村部長)
生木政壽 (ウイリス博士)
山内雅人 (外務大臣)
小川真司 (外交官)
宮本充 (台田瑞穂)
山路和弘 (清掃局員)
千葉繁 (清掃局員)
家中宏 (検死官)
松尾銀三 (オッサン)
松山鷹志 (実行犯)
小高三良 (技師)
佐藤政道 (運転手)
林田篤子 (オペレーター)
上田祐司 (通信の声)
亀山俊樹 (狙撃手)
後藤敦 (指揮官)
坂本真綾 (少女 / 草薙)
家弓家正 (人形使い)
【Zero的評価】 1800円
【リピート率】 ★★★★★
【見所】 世界観・色遣い・セリフ
【鑑賞本数】 年間:18作目 通算:395作目
【 感 想 】
そこはかとなくあふれ出るオタク臭に敬遠していたのだが、自分も充分にオタクであることを失念していた。
近未来の日本。ありがちなスーパーテクノロジーにありふれたこぎれいな都市ではなく、裏寂れた昭和の香りがする街並み。サイボーグ化や電脳化といったハイテクノロジー搭載の人間達。このコントラストにまずやられる。
人間でありながらサイボーグ化著しい少佐やバトーと、ほとんど生身の荒巻や中村部長との温度差的なものが垣間見える。シンプルに見せかけ、複雑に入り組んでいるストーリーは解釈や受け取り方が多様で、何度も見たくなる強さがある。
長回しのセリフを聞かせる、映像で魅せる。アクションを堪能させる。緩急の付け方が絶妙であきさせない作り方が心憎い。
徹底して作りこまれた作品は音と色の使い方にまで心配りがなされていて、観るほうもだれずに、目が離せずいい緊張感をもてるようだ。光と影の使い方。メタファ的なショット。これが押井守の世界観かと思うと、センスのすごさに言葉を失う。
アメリカのビデオチャートで上位に入って、逆輸入的に人気をあげていった異色の作品であるが、その理由が理解できなくもない。
根底にある概念が「個とは何ぞや」ということなのではなかろうか。先進国であるアメリカの方が先に「個」の喪失期に入ったのだろう。情報過多のこの時代に個が個たりうるとはどういうことなのか。100%の正解ではないが、ある程度の正解の方向性を押井守は示したのではと思う。
少佐が劇中で「自分が自分であるためには、驚くほど多くのものが必要」と語るくだりがすべてを物語っているようにも思える。
ネットの海から生まれた人形遣いは「生命体」であるのか否か。そして、「私とは何か?」というわかりやすい問題を投げておいて、少佐と人形遣いの融合というもっともわかりづらい答えが憎らしい。答えているようで、どうとでも受けとればいいと投げているようでもある。
疾走
≪公開時コピー≫誰か一緒に生きてください。
製作国:日本
製作年:2005年
公開年:2005年
【監督】 SABU
【出演】 手越祐也 (シュウジ / 福原秀次)
韓英恵 (エリ / 南波恵利)
中谷美紀 (アカネ)
豊川悦司 (神父 / 宮原雄一)
大杉漣 (新田)
寺島進 (鬼ケン)
加瀬亮 (宮原雄二)
菅田俊 (シュウジの父)
高橋ひとみ (シュウジの母)
柄本佑 (シュウイチ)
田山涼成
鈴木一真
矢沢心
平泉成 (石倉)
【Zero的評価】 320円
【リピート率】 ★★
【見所】 アカネの変化ぶりと、新田の彫り物。
【鑑賞本数】 年間:17作目 通算:394作目
【 感 想 】
原作モノの映画化はダイジェスト版になりがちであるが、見事にダイジェスト版だった。あれだけの長さのあるものをよく125分という尺におさめたのはすごいが、何のヒネリもなかったのはガッカリである。映像化にした意味をどこかに持たせて欲しかった。
作品の良し悪し以前に個人的に苦手な豊川悦司が、苦手な感じで前面主張していて耐えがたかった。あのしゃべり方が苦手。ついでに言えば、韓英恵の棒読みもかなり耐え難かった。
元々、内容がショッキングで原作自体に強さがあるだけに映像化するのも大変な作業だったとは思うが、良くも悪くも「アク」が抜けきって、淡々とした感じ。見やすいけれど、あのえぐさが抜け落ちたらだいなしだとも思う。
シュウジは人の悪意やエゴ、嫉妬、弱さやズルさ。そういうどす黒い感情にふれて汚れていくのに、どこかに無垢な部分があると、原作を読んで勝手に思っていただけに、手越祐也演じるシュウジに違和感があった。
どす黒さが見事に映像化されなかったから、いたしかたない部分も多いが、単純に無垢なだけで、人間らしさが薄れてしまった。俳優の力量以前、脚本の問題だと思う。
鬼ケンとか、アカネ、新田あたりはイメージ通りでよかった。特にアカネはどんぴしゃりだった。鬼ケンとつきあっているときのはすっぱなバカっぽさと新田とつきあっている時の組長の女・姐さんのコントラストが良い。女の強さと弱さが垣間見えた気がする。
「誰か一緒に生きてください。」というキャッチコピーがいきていない感じがもったいなかったな。
性的描写は省いても、“沖”と“浜”のお互いがお互いを蔑むあたりとか、シュウジが「空っぽ」になっていくあたりの救いのない絶望感をもっとえぐくしてもよかったんじゃないのかな。
そうすればエリとのくだりがもっと活かされてキャッチコピーも生えたと思う。
いずれにしても原作ものの映像化は難しいものである。特にそれが長編であれば尚のこと。
EXMACHINA
≪公開時コピー≫戦う遺伝子が、
愛を選ぶ――。
製作国:日本
製作年:2007年
公開年:2007年
【監督】 荒牧伸志
【製作】 三宅澄二
遠藤茂行
佐藤慶太
梅村宗宏
吉田博昭
植木英則
石井徹
【出演】 小林愛 (デュナン・ナッツ)
山寺宏一 (ブリアレオス・ヘカトンケイレス)
岸祐二 (テレウス)
沢城みゆき (ヒトミ)
五十嵐麗 (ニケ)
高島雅羅 (アテナ・アレイアス)
辻親八 (ランス・ロット隊長)
加瀬康之 (義経)
コング桑田 (マヌエル・アイアコス)
土師孝也 (リヒャルト・ケスナー)
深見梨加 (吉野ハジメ)
【Zero的評価】 1500円
【リピート率】 ★★★★★
【見所】 ジョン・ウー節炸裂なアクションシーン
【鑑賞本数】 年間:16作目 通算:393作目
【 感 想 】
「APPLE SEED」の続編。ジョン・ウーやプラダがかんで前作よりゴージャスになったが、ストーリー的には2割減といったところ。作りがハデになった分、ごまかされた感も否めなくて惜しい。
マトリックスやナウシカや押井守やら色んなものに影響をうけています。リスペクトしています感が強調されたのも惜しい。士郎正宗モノでそういうことをする必要は全くないと思う。
残念だった点がもう一つ。声優陣に変更があったこと。やっぱりブリアレオスは山ちゃんではなく小杉さんだと思う。
それ以外はまぁそれなりに。だいたい伝えたいメッセージは見え見えなので、安心して観られるというか、そこには期待していない。それもそれでどうかとは思うが。
CG周りはさすがにお金がかかっているので前作よりも重厚さが増して、見応えがある。機械モノの動きと、戦闘シーンはさすが。一方で、やっぱり人の動きにはアラが見える。首のカシゲ方、ふりむいた感じ、ハニかんだ表情なんかはまだまだ。その辺がCG映画の課題点だと思われる。
相変わらず世界観なんかも秀逸で建物の感じなんかはいい。近未来的なんだけど、きちんと非現実的ではなく、それっぽい感じをかもし出しているあたりは日本アニメが誇れる特徴だとしみじみと思う。
情報化、オンライン化されることに対する疑問定義的な作り方は悪くなかった。
インターネットの恩恵を受けている身ではあるが、依存化の進む現状に気持ちの悪さを感じていないわけではないし、常にオンラインしていることの弊害的なものもうすうす感じている。自分の中での対処法はあるけれど、この高度情報化の波は止められないだろう。その恐れているものを形にしてくれたように思えなくもない。それをどう受け取るかは、千差万別なので深くは論じないが、結局はただの機械なので、それを使いこなす人にすべてが託されていると思う。
特筆すべきは音楽かな。YMOをはじめ、かなり豪華なアーティストの共演でかっこいい。
アップルシード
≪公開時コピー≫戦いが終わったら、
母になりたい。
製作国:日本
製作年:2004年
公開年:2004年
【監督】 荒牧伸志
【出演】 小林愛 (デュナン・ナッツ)
小杉十郎太 (ブリアレオス)
松岡由貴 (ヒトミ)
藤本譲 (ウラノス将軍)
子安武人 (ハデス)
小山茉美 (アテナ)
山田美穂 (ニケ)
森川智之 (義経)
三輪明日美
秋本つばさ
【Zero的評価】 1000円
【リピート率】 ★★★★★
【見所】 音楽とアクション。
【鑑賞本数】 年間:15作目 通算:392作目
【 感 想 】
二度見の「APPLE SEED」。士郎正宗がどういう人かなんてさっぱり知らないけれど、「APPLE SEED」の世界観はたまらなく好きだ。
ストーリー自体は青臭いなとやっぱり思うけれど、主義主張がどぎつい割りにあまり鼻につかないのは好みの問題か作り手のセンスか、フルCGのおかげなのか。
色の使い方、音楽の使い方が何度観てもうまい。飽きさせない。初見で見落としていた人のつながりも改めて観ると整合性がとれていて、ストーリーも作りこんでいて、うむむ、まいりました。
人間とクローン人間(バイオロイド)とサイボーグ化した人間とが入り混じる世界。
でも、争いを起こすのは人間で、それを食い止めるのも人間で、希望と絶望、相反するものが存在する。矛盾だらけだけど、それが人間っていうもので、絶対的な善も悪もない所が好ましい。
バイオロイドと呼ばれる人造人間。感情を抑制され、争いを起こすことがないかわりに愛情も希薄。実際のところ、そういう人種ができれば平和になれるのかもしれないが、それはそれで人間の勝手なエゴで気持ち悪さが若干ある。
その辺もきっちりつめていて心憎い作品だと思う。
キャラ設定もうまい。ターミネーターのサラ、エイリアンのリプリー。地球が危機に瀕した時、救うのは母なる女。というのは作り物の世界だからこそかもしれないが、そうあって欲しいと思う。いつだって戦争を起こすのは男だから。
ハデスのようにオトコのくだらないプライドや嫉妬、恨みつらみのほうが性質が悪いと思う。なまじ権力というパワーを持っていて、そういうヒトが暴走すると被害が大きい。何かあった時に被害を最小限に食い止めるのは命を産み落とす母である女であって欲しい。
女は命を産み落とし、育むものだからこそ、知性を持って賢くあらねばならないとも思う。アテネやニケはバイオロイドという感情を抑制された新人類ではあるが、だからこそ象徴的存在でもあると思う。
女を怒らせると怖いんだぞ…という意味でも…。
ストンプ・ザ・ヤード
≪公開時コピー≫リズムを踏み鳴らせ!
製作国:アメリカ
製作年:2006年
公開年:2007年
【監督】 シルヴァン・ホワイト
【製作】 ウィル・パッカー
【出演】 コロンバス・ショート (DJ・ウィリアムズ)
ミーガン・グッド (エイプリル)
Ne-Yo (リッチ・ブラウン)
ダリン・ヘンソン (グラント)
ブライアン・J・ホワイト (シルベスター)
ラズ・アロンソ (ジーク)
クリス・ブラウン (デュロン)
ヴァラリー・ペッティフォード (ジャッキー)
ハリー・レニックス (ネイト)
ジャーメイン・ウィリアムズ
サー・ンガウジャー
【Zero的評価】 320円
【リピート率】 ★★★
【見所】 ダンス・バトルと校友会のミュージアム
【鑑賞本数】 年間:14作目 通算:391作目
【 感 想 】
「ストンプ・ザ・ヤード」を一言で表現するとしたら直球でベタな青春ドラマにつきるだろう。
ダンスの才能に恵まれた少年は天狗になったがため大切なものを失う。後悔や自分を責める気持ちと女の子に一目ぼれする気持ちとダンスのこととなると誰にも負けない負けたくない気持ちとが、あまりにもちぐはぐすぎて軽く鼻白むし、相対的な詰めの甘さはあるがそれなりに頑張った作品だろう。
「ドラムライン」の焼き直し感が否めないが根本にあるテーマは異なる。ただ、どちらにも共通する部分もあって、そこがダブったのかな。校友会というのは日本人にはあまりなじみがないので「?」な部分もある。
ただ、「校友会は永遠の仲間だ。」その一言を象徴するかのような写真や卒業生たちの品々が展示されている。そのシーンはうっかりすっかり涙がこぼれた。あの当時、ムダに自信と体力だけ有り余っている中で、どれだけ本気でエネルギーを消費したか。ムダも本気を出せば、ピカピカにきらめいた瞬間になる。
偉業をなしとげた人も、そうでない人も、皆輝いた表情が印象的だった。校友会に属していることが誇りでもあり、そこで得た友情や愛情や栄光は、時が経っても色あせず人の心に残る。永遠の仲間を象徴しているかのようでもある。
だからこそDJがピンチに陥った時に自分たちのことしか考えられなかったチームのメンバーが苛立たしくも、もどかしくもあった。
10代というのはすごくデリケートで未完成な時代なのかもしれない。才能にうぬぼれて、とんでもないことをしてみたり、些細なことに傷ついて自分の殻に閉じこもってみたり、忙しい時代。柔軟な時代だから、立ち直りも早くて誰と過ごすかが大切な時代かもしれない。人は過ちを犯す生き物だけど、失敗を学習できる生き物でもある。
ダンスに関しての知識が皆無なのでバトルのルールが今二つ三つわからなくてすごさが半減ではあったものの、勢いのある作品でそれなりに楽しめました。
