「プロとして」 | ~声優のたまご達~アクセルワン付属養成所「アクセルゼロ」のブログ

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アクセルワン付属養成所「アクセルゼロ」~熱血講師と声優を目指すたまご達の成長記~

アクセルゼロ選抜クラスの河野です。

私がこの1年間を通して最も強く感じた事は"お芝居を仕事にする"という事の責任の重さです。
今までそれを全く意識していなかった訳ではありませんでしたが、森川先生やその他講師の方々、また臨時講師で御教示頂いた音響監督の方々のお話を伺い、自分自身の覚悟では到底足りていなかったという事を痛感し、それと向き合って行く1年であったと考えています。

私はアクセルゼロでは基礎科から学び始め、今年度は3年目の選抜クラスとしてレッスンに参加させて頂いておりました。
その中で、特に3年目になりレッスン中に森川先生や他の先生方がよくお使いになる言葉がある事に気が付きました。それは"プロとして"という言葉です。
私も呑気なもので、その言葉を年度の最初に聞いた時には「俺も着実にプロへの階段を登っているんだ!!」などと好意的に捉えていました。
しかし稽古を重ねるにつれて、自分の至らなさ、プロとして最前線でお仕事をされている方々との差を痛感していきました。
「プロとして」という言葉の中には、先人の方たちが膨大な時間をかけて作り上げてきた確固たる自負と責任が孕んでいる事を実感したのです。

 その責任に気づけた事は私の中での大きな成長ではありましたが、同時に現れる新たな問題が、責任と向き合う為に一養成所生たる私がどうアプローチするべきなのかという事でした。
当然の事ながら我々養成所生は、稽古をするだけではギャランティは発生しませんし、実際に現場に出て、見て学ぶ事も出来ません。
百聞は一見にしかずということわざの通り、我々はあくまでプロの方の真似事をする事しか出来無いと思ったのです。どうしたらそういった1ランク上の考え方を研究する事が出来るのかと色々と頭の中をこねくり回して考えていました。

そんな折に、稽古でアニメーションの題材を扱いました。
その際、私にはモブの兵士1の役が割り振られましたが、セリフは無く、物語の冒頭で戦いの準備をする時の"息"のみの役でした。
いざアニメーションの映像がはじまり、私がマイクの前に立ち"息"を入れたところ、森川先生からストップがかかりました。そして森川先生のディレクションがピシャリと一言だけ。

「それじゃあ芝居になってない」

その一言で私は自分の浅はかさに気がつきました。
油断がありました。
私は"息"のひとつ"だけ"だと考え、その"息"を作業的に出してしまったのです。
私にとっては"ただの息"でもその兵士にとっては"意味のある息"であるのに。
もし私がこの時メインキャラクターの役を振られていたなら、未熟なりに手を抜かずに"息"まで意識できたかもしれません。
しかし裏を返すとそれは、私自身が与えられた役、与えられたセリフを無意識的に選別し、手を抜いてしまっていたという証左でした。

この稽古を経て、私は自身の役者としての至らなさを自覚するのと同時に、1つの気づきを得る事が出来ました。
それは、"プロとして"の責任の一端とは、与えられた役割に対して、その一挙手一投足のみならず一息に至るまで決して手を抜かないという事ではないかという考えでした。
つまりそれは何ら難しい理念では無く、至ってシンプルな事。
最後までチョコたっぷりなお菓子と同じです。
基礎的な事を最後までやり通す誠実さが大事であると気づいたのです。

 以降私は、この誠実さを大きなコンセプトとして"プロとして"への課題に取り組んでいます。
果たして私の考え方が正しいのか、間違っているのかはわかりません。
恐らくプロの方の中でも意見は一致しないものでしょう。
しかし、答えのない問いに対して、目を背けず向き合って考える事が重要なのではないかと私は考えています。
そんなあーでもないこーでもないを生涯探求する事こそがお芝居の醍醐味ではないでしょうか。
「役者は一日にしてならず」です。
これを執筆している現在、私の事務所所属に関する合否は確定していない状況です。
しかし結果がどうあれ、今後とも日々の細かな気づきや感動に一つ一つ自問自答しながら、生涯邁進し続けたいと考えています。

最後に、私の稚拙な文章で、皆様が正しい答えでは無く、自分なりの答えを探す一助になれたのであれば幸いです。

選抜クラス 河野