「パタン」車のドアの閉まる音がする。
「おはようございます、先輩今日は特に寒いですね」 後輩の亜紀とは駐車場で会うとこが多い。
私はとある地方都市の小さな会社の研究施設に勤務している。冬は寒く雪が積もる事もある、この時期の挨拶には天気の事が欠かせない。
「そうね、まだ雪は降りそうにないけど来週くらい危ないかも」
「そうなんですか、私雪が降って車を運転するの始めてだから心配ですう~」
「すぐ慣れるよ大丈夫、でも油断は禁物。
タイヤはもう替えてる?今週中には替えて準備した方がいいよ」
「じゃあ、カツヤに連絡おねがいしますね、今日も仕事が終わったら会いますよね?」
「そうだけど、この時期カーショップは土日も忙しいから、特別に頼んでみるけど亜紀貸しひとつよ!」
「エへへ、だから先輩大好きなんで~す」
亜紀のこのフレンドリーなキャラクターが憎めない優子はやれやれと首を振りながら歩いて更衣室に向かう。
研究所には女子更衣室は2ヶ所あり、部署ごとに分かれて部屋を使っていた。
亜紀がスカートを脱ぎながら
「先輩聞きました?」
「何を」
「リストラの事ですよ、向こうの更衣室ではうわさに成っているようで、今期の研究成果を比較して課の統合と人員削減するそうです」
「あちゃ~とうとう来たか、前々から研究成果が上がらないのを本社から指摘されてたし、でもウチなら大丈夫じゃない?前期の実績も負けてないからね」
「それがですね本社の子に聞いたんですが、今年の目玉の新商品が競合他社に販売数で負けたそうなんです。もちろんウチの商品の方が良かったんですが、最近の不景気で品質よりコスパも含めやられちゃったそうです。」
「それってウチの評価がどうとか関係ないじぁない」
「いや営業部長が本社販売会議でウチのボスと揉めた様で、今回の失敗は商品の高品質が原材料費を上げた為販売価格が抑える事が出来なかったと言ったそうです」
「確かにうちのボスが商品の品質を提案してるけど、最終的にどの位にするかは役員と販売部で決めるでいるでしょ、その営業部長怖いもの知らずね。ウチのボスに喧嘩売るなんて」
「なんでも2人は同期で、方や研究所のトップと本社といえど1部門の営業部長どまり、今までも色々有ったようです、今回ボスの評価下げさせて研究所を吸収させてポストを奪うつもりともっぱらの噂です」
「まあ何にしてもこちらが出来る事は、年末までに新しい研究成果を出すだけ、あと2ヶ月は忙しくなるからプライベートも自粛しないけど優子は大丈夫」
「私は彼氏いませんから、それより先輩の方こそ、クリスマスはどうするんですか?」
「それなのよ~カツヤが記念日とかイベントが大好きだから、まあお互いに年末は忙しいからダメに成っても多分大丈夫かな?」
「あれあれ何か自信のない口ぶりですね、カツヤを紹介した私としては今後も交際は続けて寿退社までいって欲しいんですけど」
「努力はするけど、それより亜紀にも私の知り合い紹介しようか?」
「ホントですか、先輩の知り合いって何気にレベル高いんですよね、私が紹介したカツヤなんて比べ物にならないから、でもなんでカツヤが良かったんですか?周りの男達を差し置いて」
「まあ、お互い求めているイメージが似ていたことが一番かな、あれでもカツヤ将来のことも考えているし、忙しい私の癒しになっているから」
「ナルホドそうなんですね、この仕事ストレス溜まるから、私も他で発散させないと」
2人の話は続き、始業開始5分前のチャイムが鳴った。「大変早くしないと」
優子はロングヘアーの髪を綺麗にまとめ、丸めてシュシュで留めた。
亜紀の方は髪を右側の肩の所でシュシュで留めて、毛先はそのまま前に流していた。
「亜紀、髪はちゃんと纏めていないと危ないわよ!」
「大丈夫ですって、先輩は心配性なんだから」
いつもの事とはいえ、身なりに気を使う亜紀は最初の内はアドバイスを聞いていたが、最近は注意しても軽く流すようになっていた。
午後5時前、定時まではあと少し
「先輩今日は早く上がれますよね?」ソワソワしている亜紀。
「そんな事よりこのデーターを入力して」
「は~い」生半可な返事が来る、優子としては入力ミスをしないか心配で仕方ない。
コロコロ パタン 亜紀の机の上に有る器具が下に落ちる。
「亜紀、机の下に落ちた、踏んで壊れたら困るからすぐ拾って」優子は自分の作業の手を休めないで指示を出す。
「ハイ・ハ~イ」だるそうに返事をした亜紀が椅子に座ったまま拾おうとした時
「危ない!!!」優子の声が部屋中に響いた。
「動かないで、薬品が飛び散るから!!」
亜紀が屈んだ時、机に上に有った薬品の入ったトレーの中に肩の所でまとめていた髪が浸かっていた。
「嘘 先輩どうしよう~」情けない声を出しながら優子に助けを求める。
優子がすぐさま亜紀の所に近寄り、そ~と髪を薬品から取り上げ横の流しに頭ごと持っていった。
「先輩~」泣きそうな顔をしている亜紀に
「大丈夫、皮膚には付いていないから動いちゃダメ」
優子は薬品を触らないようにして拭き取り、周りに飛び散らないようにして水で流しながら髪を洗った。
「先輩どうなっていますか?」うつ伏せになっている亜紀は髪が心配で仕方ない。
優子が渇いたタオルで髪の水分を取りながら表面を見る。
「亜紀、薬品が付いた所はダメね」
よく見ると髪は薬品が染み込んで変色している。
試しに優子がシュシュを取り触ってみたが、ボロボロの毛先は以前のような柔らかさは無く引っ張ってみると簡単に切れる状態になっていた。
「亜紀、前から言ってたしょ、髪はちゃんとまとめるように、私みたいにしていればこんな事には成らなかった、でも皮膚に薬品が付かなくて良かったわ」
亜紀も反省したのかウンウンと頷きながら聞いている。
すると今回の騒ぎを聴きつけた室長が部屋入ってきた。
「ハイハイ 他の人は仕事を続けて、原さんと田中さんは私の所に報告に来るように」と出頭命令が出た。
一時間後、二人が足取り重く研究室に戻る途中
「先輩今日はスミマセンでした」と落ち込む亜紀
「今回は私の監督不行き届きもあるし、今日はこのまま定時で上がってイイから」
優子は気を利かせたつもりで優しい言葉をかけたが、亜紀の表情は曇ったまま。
2人が研究室のドアを開ける、同僚はすでに帰っていると思っていたが、なぜか慌ただしくデータの確認作業がが進んでいた。
同僚の凛が駆け寄り
「優子大変、今データーを調べているんだけどスゴイのよ」
「なになに、どうした?」
「さっき石井さんが髪を漬けた薬品のデーターなんだけど、試しに計ってみたらすごい数値なのよ、これでイケるんじゃない?」
優子は渡されたシートを自分でも確認する
「そうね、でもこのデーターだけじゃ少ない、もっと詳細なのがいる」と自分のPCにも数値を打ち込む。
凜は追加データーをどうするのかと優子に聞いた。
「まず今回この髪に含まれる成分だけど、ウチではすぐ用意できないない、仕方ない亜紀あなたの髪、貰うけどイイ?」真顔の優子の迫力にOKを出しそうになったが
「先輩~ここから使えそうな髪取っちゃったらベリーショートに成ってしまいますよ、それだけは勘弁してください」亜紀の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
優子は心を鬼にして
「亜紀今回はケガも無く大事には至らなかったけど、一つ間違えれば会社に迷惑が掛かったかもしれない、今後のいい教訓として今回は諦めなさい」
・・・・・少し考えた亜紀は
「わかりました、今回の反省の意味も込めて提供します、でもなるべく切る量は少なくお願いしますね、先輩」
優子はとりあえず髪を切る準備を始めた。
「鋏とクシあと う~ん 恵 少し大きめのタオル持ってる?」
「これしかないけどイイかな?」
恵が出したタオルはフェイスタオルより少し大きいサイズ
「まあ仕方ないか、亜紀これを首の所に巻いて、それで髪が襟から入ることはないと思うから」
道具の準備が揃い亜紀を椅子に座らせ、早速髪を切る事に、まずは色の変色した所を省くために肩の所でカットすることに
ジョキッ ジョキッ>>>>>>>>>
鋏が髪を切る音がするたびに亜紀はビクッと肩を反応させ「先輩~ 大丈夫ですか~~~」
ジョキッジョキッジョキッ>>>>>>>>>
優子は黙々とカットを続ける
ジョキッ ジョキッ >>>>>>>>>
変色した髪だけど亜紀にとっては、何年も時間と手間をかけたもの、まさか今日お別れするとは本人も不本意だろう。
その横では足元に散ばる髪をなるべく亜紀に見せないように、恵がテキパキと集めゴミ袋に詰めていった。