杉下右京「タイミングが悪かったですねぇ。次の列車、二時間後です」
友部巧「えぇ、そうですね」
大丈夫。その人、次の便を待つのに慣れていますので。
まぁ、今回は路線バスじゃなくてトロッコ電車でしたが、近年、旅番組で活躍している太川さんなので、そういう視点で見てしまいました。うちの両親もあの番組の大ファンなんだよなぁ。キャスティング的にも何らかの意図が働いたんじゃないかと思えてならない。あの番組のように次の便を待たずに歩いて目的地にいかなくて本当によかった。多分、蛭子さんが見えない場所で駄々をこねてくれたのだと思います。
さて、肝心の本編ですが、
と終盤で目から汗が流れたほどにドストライクでした。事実上、謎解きの要素は皆無ですし、物語の柱もベッタベタのオールドファッションドラブストーリーでしたが、その使い方が巧いというか。凡庸な事件をドラマティックに見せる匠の技というか。兎に角、今回は全体の構成がダントツに素晴らしかったです。タメとカタルシス。伏線の回収。真面目な話の照れ隠しのようなオチ。最終話を残しているものの、私にとっての今季ベストエピソードはこれで決まりでしょう。今回のポイントは4つ。
1.black&white
ベタ褒めしておいてアレですが、実は中盤までのグダグダっぷりが半端なかったのも確かです。かくいう私も20分くらいで見るのをやめようかと思ったほど。しかし、実はグダグダっぷりも後半のカタルシスに繋げるための要素でした。
杉下とカイトとイタミンの三人が追う事件が一つにまとまるのは予想できたものの、まさか、特命係の二人がとっくに調査を始めていたとは思わなかった。序盤の『花の里』で悦子さんが口にした『休暇中に仕事の手伝いをするのはイヤミだ』という言葉が程よい暗示として機能していました。それゆえ、中盤までの杉下とカイトの退屈で気怠いパート&特命不在時のイタミン無双という製作者側に都合のいい退屈な展開と思えていたものが、
大家「判らないっていったじゃないですか。一度で済ませて欲しいなぁ」
伊丹憲一「言ったって……誰に?」
大家「今朝来た二人の刑事さんにですよ」
伊丹憲一「」
この場面でパツーンとひっくり返った。それこそ、オセロの逆転に向けた一手のようにね。そして、ここから怒涛の後半に突入。今までのタメが次々とカタルシスに転じていきました。そういえば、今回の脚本を手がけた古沢さんは『探偵はBARにいる』でも、オセロを『表と裏が簡単にひっくり返る。人生と同じく奥深いゲームだ』と描いていましたね。『探偵は~』のほうは実はオセロはそんなに有効に機能していたようには見えなかったのですが、今回はうまかった。特に杉下が情け容赦ないほどに友部さんを負かし続けた(待ったすら許さずにね)のは、オセロを見つけた時からゲームでの説得を考えていたということでしょう。待ったなしの人生。苦難の連続。いいことがあった瞬間に絶望に突き落とされる。友部さんの人生は杉下との対局そのものでした。でも、そうであるからこそ、絶望のどん底と思われた友部さんの局面を一手で覆した杉下の『活路を探せ。諦めるな。強くあれ』という説得が奏功した。タメとカタルシスの論理。これが作中でも構成でも機能していた。これは凄かった。杉下が最後の対局まで勝ちに拘ったのは決して子供っぽい負けず嫌いな性格の所為ではありません、多分、恐らく、maybe。
2.相棒として
伊沢雪美「こんな駆け出しのホストみたいな刑事いないわよ」
甲斐享「そーかなー?」
視聴者の代弁、ありがとうございます。
いや、悪い意味じゃないですよ。でも、今回の事件は駆け出しのホストみたいな刑事のカイトじゃないとシックリこなかったでしょう。少なくとも亀山では無理。神戸はソツなくこなしたでしょうが、彼は駆け出しじゃなくてホストの王子さまみたいな刑事でしたので、比べるのは可哀想でしょう。
それは兎も角、今回のカイトは相棒としての役割をこなしたと思います。仕事ではありません。あくまでも役割です。だって、友部さんの自殺を思い留まらせた伊沢雪美のメールはカイトが接触するより先に送られていたものでしたからね。厳密にいえばカイトの手柄ではなかった。それでも、不測の事態が起きた場合、単独ではカバーしきれない伊沢雪美との接触を受け持ち、杉下に友部さんの説得に集中させるという相棒としての役割は見事に達成した。そうであるからこそ、杉下も普段のキャラには似合わない熱い握手をカイトと交わしたんじゃないでしょうか。ああいうガッチリとしたシェークハンド、亀山とも神戸ともしていない気がします。カイトの若さ、未熟さ、手の届かない領域があることを見せつつも、相棒としての見せ場を持たせる。今回はタイトル通りの『相棒』でした。つーか、何でこういう話をもっとやれんのか。
3.吐き気を催す邪悪
今回は今季には珍しい『相棒』定番の同情できる犯人&殺されても同情できない被害者という構図でした。今季は犯人のほうが下種というパターンが多かったからなぁ。でも、敢えて欠点をあげるとココ。流石に被害者が下種過ぎるだろ。ああいうシチュエーションでは心に何を思っていても、形だけでも線香あげますよね。自然な台詞ではなく、友部さんに殺させるために、ああいうことを言わせた感が残りました。古沢さんの脚本なので古美門のように『騙された奴が悪い』&『愚痴なら墓場で言え』みたいなキャラを敢えて出したのかもと勘繰ってしまいましたよ。
でも、真の邪悪は伊沢雪美の亭主だよね。犯罪とは全く関係ありませんが、人間として一番タチが悪いのはコイツ。被害者は自分が相手を騙したという自覚がある分(それを悪いとは思っていなくても)、マトモですよ。この亭主は自分も何度も浮気を繰り返しているのに、女房が同じことをすると途端に真面目な人間を装ってくる。『自分が悪かった』とか『やり直そう』とかいっていますが、これ、反省じゃないからね。自分を反省しているいい子ちゃんの立場において、相対的に女房を悪い側に押しやっているだけですからね。しかも、本人は自覚していない。普通、こういうシチュエーションでは引き止める亭主は情けなく描くものじゃないですか。でも、敢えて誠実さ(或いは誠実そうなイメージ)を全面に出してきたのは&そういう亭主が肘鉄を食らって終わるのは、製作者側の『こういう人間は信用できない』というメッセージじゃないかと思いました。
4.特命VS捜一
伊丹憲一「……泊まるか」
中盤までのイタミン無双っぷりが嘘のようなオチ要員でした。いや、でも、靴とか手袋とかに気づくのは凄いんだよ! 杉下が異常過ぎるんだよ! まぁ、イタミンでは友部さんの自殺は止められなかったのは確実なので、やっぱり、特命係が関わってよかったです。
今回は特命がパクった犯人を捜一が引き継ぐのではなく、特命がいないと捜査が捗ると思っていたイタミンが最終的に特命の遥か後塵を拝していたというオチでした。意外と珍しいですね。最近は何だかんだで特命と捜一は現場で顔をあわせています(協力ではない)が、今回は最後まで会わないままでした。でも、特命と捜一は平行線でなければいかない。即ち、犯人逮捕の方向は同じでも決して交わってはいけない関係だと考えると、実はこれくらいの距離感が丁度いいのかもです。あとはラブストーリー&杉下の御説教という些かベタ&説教場面もあったので、書き手と視聴者の双方の照れ臭さを消すためのギャグオチではなかったかと。ただ一点、気になったのはイタミンがあまり休養を取れていないこと。三浦さんが抜けちゃったからなぁ。最終回とか劇場版とか次季とかで何かヤバい話にならないといいのですが。
次回は愈々、season12の最終回。三浦さんSPを希望していましたが、小野田公顕の『置き土産』が主題のようです。官房長ネタは嬉しいですが、三浦さん関係じゃないのは残念でもありますね。尚、最終回は午後8時からの放送です。いつもより一時間早くTVの前で待ちましょう。
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