機動戦士ガンダムUC episode1「ユニコーンの日」感想(ネタバレ有) | ~ Literacy Bar ~

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「人間だけが神を持つ。今を超える力、可能性という内なる神を……。ここまで来た、その気持ちが揺らがぬ自信はあるか? 彼女が背負っているものは重いぞ。共に征くには、この世界の重みを受ける覚悟が要る。それでも……?」(カーディアス=ビスト)

「自信とか覚悟なんて、ない。俺は彼女に必要とされたいだけなんです」(バナージ=リンクス)





記念すべき感想の第一弾に何を取り上げるべきか、随分と悩みましたが、私の趣味と世間からの相応の注目度、そして、レンタル版の解禁で皆様の手にも届きやすいという事情を鑑みて、この作品を選びました。ガンダム好き、特に宇宙世紀に深い思い入れのある方には是非、観て頂きたい作品です。尚、管理人は原作全十巻のうち、半分も読了していないので、のちの伏線となる描写を見逃している可能性がありますが、ご容赦下さい。




クシャトリヤVSロンド=ベル





ロンド=ベルの追跡を振り切るために『袖付き』の偽装艦艇ガランシェールから出撃するマリーダ=クルスのクシャトリヤ。深緑のカラーリングと単眼のモノアイが彼らの属する組織の正体を沈黙のうちに物語っています。三機のジェガンとの戦闘は圧巻の一言。隊長機のスタークジェガンは機体の動きではなく、パイロットの素早い操縦桿捌きで、視聴者に熟練兵であることを判らせるという小憎らしい演出。そして、その熟練兵も易々と撃退するマリーダのクシャトリヤ。この描写があるからこそ、物語のラストでクシャトリヤを圧倒したユニコーンの力が光るのですよ。




オードリー=バーン




我々はこの少女を知っている!

いや、この栗色の髪と、このエメラルドの瞳を知っている!

一年戦争から十六年。グリプス戦役から八年。流亡の姫君は父親の血統をものともせず、極上の美少女になって帰ってきた! 凛然たる容貌と慎ましい挙措。戦争をとめるべく、一人でビスト財団と接触しようとする直向さ。昨今、滅多にお目にかかれなかった正統派のヒロインです。慣れない歩き食いに困惑する場面や、オードリーという偽名を思いつく場面など、原作にないオリジナル要素まで加えられているところに、彼女を幼いころから『知っている』スタッフの愛を感じずにはいられません。





カーディアス=ビストVSスベロア=ジンネマン





『ラプラスの箱』の譲渡を巡る、ビスト財団のカーディアスと『袖付き』のジンネマンの交渉場面ですが、二人の会話は次第にジオン=ズム=ダイクンのニュータイプ論の理想と現実へと推移してゆきます。





「キャプテンはニュータイプの存在を信じておられるかな?」

「戦場にいれば、そうとしか説明できない力を感じたことはありますが……」

「力……、身を以って感じた者ならではの言葉だ。

宇宙に出た人類は、その広大な空間に適応するために、あらゆる潜在能力を開花させ、他者と誤解なく判りあえるようになる。嘗て、ジオン=ダイクンが提唱したニュータイプ論は、人の革新、無限の可能性、まさしく力を謳ったものだった。

一年戦争に勝利して以来、連邦は常にその視えない力に脅かされてきたといっていい。地球に住む特権階級を告発する力。棄民たるスペースノイドに目覚めよと呼びかける力。百年近く続いてきた連邦の支配体制を覆しかねない力。その視えない力との戦いに連邦は、この数十年明け暮れてきた。(中略)グリプス戦役という内乱、そして、二度に渡るネオ・ジオン戦争。ゆき過ぎた弾圧が招いた軍閥の台頭は連邦を大いに疲弊させたが、最終的な勝利を約束する強い味方が彼らにはあった……お判りかな?」

「時間、ですか」

「さよう。常に結果だけを求める大衆は、明確な定義を持たず、可能性しか示さないニュータイプに飽きた。その呼び名は何時しか撃墜王と同義になって、誤解なく判りあえる人というジオン=ダイクンの概念から最も遠い存在にされてしまった……」





三分四十七秒にも及ぶ演説ですが、この場面、

なくても問題ないのです(笑)。

実際、ここの台詞を抜いても、話の筋は通るようにできています。こんなところに時間を費やすくらいなら、冒頭のラプラス事件の詳細や、もう一人の主人公であるリディ=マーセナスの描写に力を入れようと考えるのが普通ですが、ここのスタッフは違う。カーディアスとジンネマンにニュータイプ論を総括させることで、この世界で誰と誰が、どういう理念の喰い違いで争っているのかを、きちんと視聴者に知らしめようとしています。ガンダムを観ている人たちなら、そのくらいのことは判ってくれているだろう、という甘い願望を微塵も抱いていません。ニュータイプ論という宇宙世紀を代表する思想・潮流を語ることで、物語の足場を固めようとしているのです。本編の推移とは関係のない、この場面こそ、実は『UC』という作品の最も大事な部分と思われます。

現在と異なる世界、異なる時代を描こうとする時、この手の作業を疎かにすると、物語の土台は簡単に地盤沈下・液状化現象を起こすものです。今年の大河ドラマなどが、その悪い例ですね。幕末の尊王攘夷論の考察を疎かにしたため、武市半平太や土佐勤王党の描写が非常に浅薄になっていました。他の宇宙世紀のガンダム作品である『0083』への『テロリスト賛美』という批判も、アナベル=ガトーやエギーユ=デラーズなどのキャラの描写に力を入れた反面、彼らの拠所となるジオニズムの考察に欠いていたからでしょう。

ただし、この場面に力を入れ過ぎることの危険をスタッフも判っています。そこで、二人の会話にロンド=ベルと『袖付き』パイロットの戦闘場面を被せて、音声と画面、二つの情報を同時に提供することで、ニュータイプ論に費やした尺を補っています。見事な平衡感覚です。





バナージ=リンクス





人工太陽の照明ブロックを漂うオードリーをプチモビで救い、マリーダの追跡をトラースキック、ヘッドバッド、足払いで撃退するなど、えらくスペックの高い主人公。そして、台詞回しは『冨野ガンダム』そのもの。カーディアスとの会話はいちいち、冨野テイストに満ち溢れています。物語のラスト、カーディアスが生き別れの父であることを思い出す場面も、中盤のビスト財団の屋敷で伏線を張ってあったので、何の違和感もなく視聴することができました。生き別れの父から、死の間際に機体を託されるという、ロボットものの王道も踏襲しています。あと、声もいいですね。カミーユ+シーブック÷2といった感じの透明感と貫通性のある、ガンダムの主人公らしい声です。





 ミコット=バーチ


ウザい。

いや、ウザくていいのですよ。彼女はフラウ=ボゥ、ファ=ユィリィと同じポジションですから、むしろ、ウザくなくては困る。こういうサブキャラでも、宇宙世紀の定石を弁えているところに安堵感を覚えるほどです。あぁ、このスタッフは判っていらっしゃる!





ともあれ、この作品は抜群に面白い。懸念があるとすれば、全十巻の原作を六本にまとめられるのか。そして、オードリーやマリーダの素性を宇宙世紀ネタに通じていない視聴者に、どのように表現するのか。その点も含めて、先が楽しみな作品です。


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